コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月21日(金) 忘れた時は出掛けずに  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h963.jpg  ドラマとは世相の鏡であり、たとえ歴史に題材を求めていても同時代の嗜好性が須くそこに投影される。例えば映画「バブルへGO」はかのバブル景気への憧憬に依居するものであろうが、同時にその後のリーマン・ショックで局面は一変したものの、少なくとも製作された2006年の時点では感覚的にはミニ・バブルとも言うべき経済情勢にあったことが伺われよう。
 この段に則れば漫画「疾風の勇人」の意外な人気は、元より高度経済成長期に至るダイナミズムへの郷愁が多分に作用はしていようものの、現下が景気循環の上昇期に位置しているとの認識が、暗に受け止められている証佐でもあろう。
 「吉田学校」たる枠組みをベースに置いている時点で既に小説吉田学校史観の影響が見られるが、かの戸川猪佐武氏は寧ろ三木武吉氏、河野一郎氏から田中角栄氏に至る党人派の軌跡が主眼にあり、小説吉田学校に描かれなかった池田勇人氏を筆頭とする宏池会の歩みを加味したものとも言える。
 ただ結果的に保守本流を形成することになった吉田氏から池田氏、佐藤栄作氏の流れを受容するにしろしないにしろ、須く戦後わが国の骨格を編み出したのが吉田茂総理との解釈は一致している。
 渡辺謙氏の演じた吉田茂「負けて、勝つ」が2012年のドラマである事実は、或いは"吉田"のアンチテーゼであった"鳩山"に端を発する民主党政権の崩壊を視野に入れたものと懐旧するのは些か後読みが過ぎるのかも知れまい。
 とは言え多分に本筋には余分としか表現の仕様の無い親子ドラマが混入されている点を除けば、一貫して戦力無き国家を希求して経済成長を優先した「吉田ドクトリン」が肯定的に描かれている。
 そこには勿論、タイトルにも透けて見える外交官の陸軍嫌いが強く反映されているとしても、果たして経済復旧が一定規模に達した後の自衛力に如何なる想いを馳せていたかは必ずしも窺い知れない。
h964.jpg  五年後の眼から見る時、それは多分に示唆的である。本来、憲法とは国の統治機構の在り方であるとの前提に立てば9条ばかりがクローズアップされるべきでは無いとの議論はあろうが、「負けて、勝つ」を「負けるならいくさ以外で」と読み替えるにしても、晩年の吉田茂氏の恐らくは定着し過ぎたドクトリンへの幾分の悔恨を秘めた静かなる転向に、今ならなおスポットライトが当たっていたのだろうか。

 越すに越されぬ大井川を越えず、その畔の島田駅から程近くに遠征した。永田町稼業に長らく携わっていても、企業と政治家の関係性が永田町とは一変する「地元」の日常的な光景を目の当たりにする機会は稀少なだけに、貴重な闖入であった。少し遠かったけど。

7月15日(土) お灯明にはならないけれど  -スポーツ - ゴルフ-

h962.jpg  酷暑の中、ひと月振りになる芝刈り、惜しくも二桁を逃すピタリ賞百ではあったが、取り分け後半の、OBによるダブルパーを2ホール叩き出しながら、にも拘わらずパーも3つ拾っての48は大いに光明が開かれただろう。
 そもそもボギー狙いで最大限ダボを減らす慎重なプレイを続ける限り、大叩きした時点で百切りに黄信号が灯り緊張感を喪い疲労ばかりが残る事態に陥りかねないが、出入りが激しくても50を切れる実績があれば希望が拡がるのである。
 考えてみればOBの連発も些少なりとも距離の伸びる前兆と受け止めれば吉兆たろうし、更に虫の良い話しを言えば、大叩きを抹消すれば論理上は40代前半も著しく困難な道程では無くなる帰結が導かれよう。
 事実、177ヤードと115ヤード打ち下ろしのふたつのニアピンを、何れもパー縛りをクリアして獲得しているのだから、技量以上にメンタル面も鍛えられているのかも知れない。
 何よりも亡き父のドライバーが当たっていたのは、良い供養になったのではないか。

7月12日(水) 働く男  -写真 - ★カメラ&レンズ・機材-

 同僚が長旅に出たのは六月第四週だが、その前週後半から事前演習だったので、はやひとり立ちも実質ひと月になる。
 正味三人半の小所帯からひとりが欠ける戦力減は甚大で、何かに急き立てられている様な焦燥感と常に背中合わせではあるものの、人は良くも悪くも柔軟性に長けた生き物なので、少しずつ生活パターンが確立されて来る。
 昼間は人に会うのが商売だから、従来から文章や書類を認めるのは不意の電話や来客に惑わされない、宴席の無い夜を用いてきたが、溜まった事務処理は寧ろ朝を活用するというのが体得した解である。
 元より朝食会があればより気忙しいが、幸い国会の閉まった夏場はそれも幾分疎らになる。何れにしろ7時までには家を出るから、オータニやらルポールやらに向かわなければ7時40分頃には出社するとして、何と無く部局全体が稼働モードになるまでの約一時間を、これまでは些か怠惰に時を刻んでいたのを宗旨変えして、集中して作業に充てれば効率性は高い。
 ただ郵便物の多くは午後イチに到着するので、昼食会から帰着すると机上に堆く積み上げられて萎える事態も少なくはない。元より一刻を争う処理ばかり要求される訳では無いからパターンに即して翌朝送りにすればよいところ、いつ何時不測の事態が訪れるやもという、美しく言えばリスクヘッジの習性が染み着いているのか、或いは単なる貧乏性か、寸暇を惜しんで処理に血道を挙げ、今度は纏まった暇が生じるアンバランスにも事欠かない。
 そもそも茶々を入れたり、永田町での、周辺居住者で無ければ理解を得難い笑いを披露する話し相手が居ないと、黙々と作業に勤しんでは独り言ばかり増えて一見危ない人の様相も呈している。
 物理的な多忙さよりも心理的な潤滑油に欠ける日々、暑さもピークの八月を迎えればひと息付けるのかしらん。

h961.jpg  そのストレス解消でも無いのだが買い物ブギ、そろそろ新しいモノが欲しくなるタイミングで時宜を得てダイヤルがガタガタになるとは、流石のソニー製品ではないか。
 記録用が主のコンパクトは望遠が鍵なので光学40倍のキャノンに牽かれたが、敢えて一眼との重複を避け35倍のニコンを選択する。
 しかし実物を不見転のまま購入したため常日頃携帯するには微妙に大振りだし、飛び上がるフラッシュの土台が如何にも華奢で長持ちするか不安である。人の安全に直結しない工業製品は、定期的な代替わりを促す位が経済的合理性を有するという示唆だろうか。決して安心には資さない気もするが。

7月9日(日) ふたつのピアノ  -育児 - パパ育児日記。-

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 ウルトラマン前夜祭の会場として名だたる杉並公会堂には小学生時代に訪れている筈だが記憶は無い。元より覚えていたとしても公会堂自体が2006年に建て替えられているから、足を踏み入れるのは初めてである。
 恒例のピアノ発表会は収容千名を超える大ホールではなく地下の小ホールで行われるので寧ろ昨年の四谷区民ホールより小さいが、二年連続で流浪の旅に出たのは手近な座・高円寺の人気が高まっているからだろうか。
h957.jpg  一旦10時にリハーサルに赴き席を確保して引き揚げる。祐旭が中学生になった昨年から兄弟揃って第二部に移管された上に、最早二人とも重鎮の域に近付いているので登壇は17時台になる。
 今般の大きな特色は二人ともマリンバのソロが加わったことで、元より撥を複数抱えた本格派には到底及ばぬ余儀とはいえ、公資の「アメリカンパトロール」とカステラ一番でお馴染み、祐旭の「天国と地獄」は何れも自宅練習が叶わないので、却って聞き慣れていない父母の耳には新鮮だった。
 続いて真打ちのピアノは、公資はグリーグの「ノルウェイの旋律」と「パック」というこの種発表会では定番モノだが、後段一瞬脳裏が真っ白になった様で完全に両手が止まって仕舞ったことを大いに悔やんでいた。マリンバでも二人ともリズムに追い付かなくなったりと小ミスは頻出していたが、わが子に限らず皆一様に明らか顔色が変わるので、たとえ楽曲的には目立たなくても失策が判明して仕舞う。確かに能面クラツーラの如く冷徹であるよりは、若人らしき正直さが垣間見られた方が微笑ましかろうが。
h958.jpg  一方、毎度わが道を行く祐旭は「威風堂々」と聞けばクラシックの王道には違いないが、実はピアノジャック・ヴァージョンのため今年も異彩を放つ自由課題と言えよう。
 しかも太鼓腹の弟、ではなく太鼓の教諭を従えてのこちらも新機軸、股に挟む箱=カフォンとミニ・シンバルに彩られ、激しくリズミカルに演奏が繰り広げられる。わが家での演習では時に公資が膝を叩いて代役を努めていたが、なる程父も客演に臨みたかったと思わせる趣向である。
 二度のグリッサンドを超えてからは身体を左右にスイングさせ、最期の打鍵をしてやったり感満載の表情で締めたのだから、本人としても上出来だったのだろう。
h959.jpg  して毎度の連弾は、恐らくこれが杉並公会堂になった最大の利点であろう、実にグランドピアノが二台配置され、通例の狭いながらも楽しいピアノとばかりに肩寄せあっての演奏から、少なくともメイン奏者は解放されるのである。相互に手元が見えないため休符が多いと"せーの"でタイミングを合わせ難いデメリットこそあれ、わが家も文字通りの三連弾が成立した。
h960.jpg  ただピアノにマリンバで既に足の踏み場も無い教諭のレッスン部屋に、無理矢理電子ピアノを挿入して本番に近似した環境を整えた意気込みには大いに敬服するものの、残念ながら折角の二台利用が文字通り共振していたとは言い難い。
 そもそも日本国憲法並みとの表現は剣呑だが、お題は所与の「展覧会の絵」であり、著名な「プロムナード」から今更改題も出来まい「こびと」までの流れは確かに連弾向きと言えなくはないが、嘗て 「テクノポリス」に興じた様に選曲にも関与出来ればとの一抹の遺憾さは尚更残ったろう。或いは次回は星野源氏宜しくマリンバも加えて「ファイヤークラッカー」なぞと妄想は膨らむものの、練習に費やす負担に鑑みればこれが現実的な選択なのかも知れない。
 「展覧会の絵」は後続部隊が続いたが、何故「ナットロッカー」が現れないのかと壇上で訝しんでいたのはプログレ・ファンでも無いのに思い切り錯覚であった。
 花束を戴き父のお仕着せ記念撮影を経て退散する。さて公資が受験生となる来年もブラザー参画は成立するだろうか。

7月8日(土) 鏡の中の七月  -スポーツ - ゴルフ-

h953.jpg  昨年はホールインワン・チャレンジを決めながら伸び悩む祐旭のゴルフ、本人の意向を踏まえて遂に左打ちのクラブを導入することとした。
 そもそも一塁に近い打撃の優位性と、ポジションの限られる守備のマイナスの両面を有する野球が例外であって、多くの競技は利き腕に著しく左右されることは無い。
 これに対しゴルフにおけるサウスポーは嘗ては道具自体が稀少性で、野球は左の王貞治氏や本来は左利きの岡本綾子プロが右でプレイしていることは有名である。この点は些か緩和されたとしても、練習場でひとり逆向きになり隣人と対面して仕舞うか、端の打席に限定される不利益は不変だし、コースそのものが左ドッグレッグの多さなど右打ちを前提に構成されている。
 ただ実際左に転向させてみると、空振り・チョロも頻出してはいるものの、右腕が棒の如くに降れるとの弁は明らかに旧来との相違を示しているし、これまで何等拘りの無かった二階打席に前に飛んで行きそうで怖いとの反応が見られたは、体重移動が出来ている証しであろう。
 試しに父も左で打ってみたがとてもでは無いが当てるのが精一杯で、確かにこれを強いていたとすれば爽快感に欠けるのも道理である。さてひと皮向けますか。

h954.jpg  わが家におけるウルトラシリーズはサーガに辿り着いたところまでで抹消されているが、実際円谷プロがパチンコ企業傘下になって以降は、過去作の焼直しか、ゲームと連動した歴代ウルトラマンの客演乃至は使い回しが太宗を占めていた感がある。
 今般は久々の本格派到来かとジード第一回を拝察したところ、相変わらずの歴代総動員のうえ血の配合によるファミリー化が更に進んではいるものの、悪役べリアルの子息のため外見が偽ウルトラマンに酷似するひと捻りがあり、子供達にも「近年のウルトラに比べれば」との留保付きとはいえ一定の評価があった。
 ただマーチャンダイズに依存せざるを得ないのだろう、仮面ライダーの二番煎じ宜しき変身要具に加え、恐らく着包みベースの古式床しい特撮は維持しながらも随所に現代風のCGを駆使しているのか、些かウルトラマンらしくないとの指摘である。
 確かに敢えて重量感を醸し出す為にスロー再生を多用する特撮に対し、人間離れしたスピード感を可能にするCGの方が、ハリウッド型の映画に慣れた若人の眼には逆に人間らしく映り、即ちウルトラマンらしくないとの帰結が導き出されるのだろう。伝統と革新の調和はなるほど難しい。

7月4日(火) 大きいことはいいことだ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h951.jpg  確かに過去にも派閥の合併には、角福戦争における福田支持の各集団を統合した、現在の清和会の前身たる八日会や、山崎派の独立した旧中曽根派と清和会から別れた亀井グループが対等合併した志師会という実例がある。
 だから新・麻生派「志公会」も元号選定の如くに過去例と文字の重複を避けるという観点からは些か意外な命名ではあったし、八個師団の派閥第一世代から継承されてきた旧三木派の終焉という点に注目が集まってはいるものの、前例が何れも総裁選を契機としていることに鑑みれば、今回もまた単に数の論理を追う為の拡大と片付けることは出来ないだろう。
 元より都議選後たる日程は勘案したろうが、大敗を織り込んでいた訳では無かるまくとも、このタイミングではどうしても「次」を意識した策動に映らざるを得まい。
 だからこそ麻生氏の復辟が否定される訳では無いが、明確な総裁候補を抱える陣営としてはより慎重な対応が求められる局面に、「宏池会60周年シンポジウム」とは余りに時宜を得た企画であったろう。
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有隣会(6/16)
 経済成長と格差の是正、競争と協調は二律背反とは言い過ぎだとしても競合する概念には他ならない。現政権の嗜好が前者が比較優位にあるとすれば、小説吉田学校史観における保守本流たる宏池会は中道、リベラルに近いとされ、自由民主党が長年政権を維持してきた生活の智恵、疑似政権交替を可能にするチェンジ・オブ・ペースのもうひとつの雄としては最適との連想は容易に想起されよう。
 そこまで生臭く思考を巡らせずとも、少なくともシンポジウムでも語られた様に常に代替の選択肢を提起する意義は誰しも否定し得ないし、それを大平元総理の「楕円の哲学」を以て表象するのは実に巧みである。即ち同じく大平氏の掲げた「田園都市構想」の先達としての渋沢栄一氏の末裔と、多様性の一類型たる「女性の品格」をパネリストに並べる絵柄もまた秀逸であろう。
 そして時を同じくして、もうひとつの保守本流たる平成研究会の30周年が、敢えて「経世会」を看板に掲げて行われたのも符号するが如くに見えてくる。
 一部が志公会に合流した、宏池会の正当な系譜のひとつたる有隣会と近未来研究会の連衡も囁かれる中、良くも悪くも来年に向けて一挙に物事が動き出した観がある。政治の安定は言う迄も無く肝要に他ならないが、このダイナミズムもまた政権政党の強味ではないか。

7月2日(日)  艾がでかすぎれば火葬になる  -政治・経済 - 政治・地方自治・選挙-

h950.jpg  都議選最終日、秋葉原の遊説は総理登壇前から反安倍のシュプレヒコールが囂かった。反原発から集団的自衛権、テロ法へと繋がる一連の示意行動も、少なくとも識者の間では、職業左翼の生活の糧と若気の至りの捌け口としての御祭り騒ぎに過ぎぬと、寧ろ憐憫の情以上を斎すものでは無かったにも拘わらず、2006年の総裁選において麻生現副総理の「オタクの皆さん」発言以来、自由民主党の選挙戦術の一環に位置付けられてきた秋葉原という扇情的な舞台装置が却って、実際には少数でしかない勢力を恰も民意であるかの如くに際立たせて仕舞ったとも言える。
 元よりマスメディアの後押しが果たした役割は小さくないが、世相に受け入れ易い報道に傾斜する客商売としてのマスコミが挙って取り上げたのは、逆説的に民意の先行指標たる側面もまた否定出来まい。だからこそその場に居合わせてなお、雨模様の中に急速にスター達が輝きを喪失していく様な想いに囚われたのだろう。
 結論から言えばファーストのみならず共産や民進までもが批判票の受け皿たり得た誤算という意味では、確かに国政側の失策が左右したのも事実だろうが、後付けの論理であることを顧みず述べれば、 少なくとも昨年の知事選からの一年の間に、都知事と何等かの手打ちを果たすべきだったのではないか。
 現に敢えて日和見批判を招いても知事与党の選択を甘受した公明の勝利を観る限り、戦術としては負ける戦いには挑まないという現実路線が「失敗の本質」からの教訓であり、自由民主党が総力を挙げて挑めば逆風を反転せしめ得るとの希望的観測の下に本土決戦に突入したとすれば、少なからずその部分は驕りであったろう。
 如何な良政であろうとも長期に亘る権力には、たとえ非合理的な理屈であろうとも批判勢力が、日常的に声を挙げ難いからこそ余計に、僅かな契機を以て燎原の火の如くに立ち上るのは避け得ない通過儀礼である。
 是非は別として現代風の"透明性"に満たない要素が、それが石原都政の残照乃至は反対給付だったとしても、都議会に存在したのだとすれば必ずしも国政の被害者とばかり捉えるのは当事者意識に欠けており、政府としては御灸を据えられたのが国政選挙でなく、言わば都議選がバッファの役目を果たして呉れたと割り切る他は無かろう。
 勿論、寛容と忍耐の精神で地を低くする姿勢は必要たろうが、窮地であるからこそ「初心」である筈の憲法改正を貫く姿勢を持ち続けて欲しい。寧ろそこに党内の様々なエネルギーを凝結させる位の度量を示しても、長期政権の駆動力は持続するのでなかろうか。

6月28日(水) 父の死

h948.jpg  その一週間と少し前に意識を失って病院に緊急搬送され、小康状態を保ってはいたものの23日に至って血圧が下がり続け、父は力尽きた。
 想えば一月に齡85を迎えるまでは自ら運転してゴルフに興じていたのだから、二月に腸閉塞を患ってから足腰が俄かに衰え、頭はしっかりしたまま急坂を下る様に末期を迎えたのも、父らしい最期だったろう。
 結局病院には間に合わず葬儀場に父を迎えたのだが、早速湯灌の儀式が採り行われる。真光教宜しく手を翳して洗い、髭を剃り、足はアロママッサージと映画『おくりびと』と覚しき光景が眼前に広がった。30年程前に胃の大半を切除しているとはいえ、薄化粧を施してなお仙人の如く痩身と化している。矢張り人は食べられなくなると著しく生命力を消耗するのだろう。
 厳粛な時の流れの中にも、残された側は休む暇も無く葬儀の段取りを詰めなければならない。父は次男だが墓守り役だったので菩提寺は確定しており、一報を受けた住職が枕経に飛んで来る。戒名には院号が称されようとの漠とした理解はあったが、実際交渉の局面が訪れると高額に一瞬怯むものの、金に糸目を付けている場合ではない。葬儀社との細々とした打ち合わせが完了する頃には23時を迎えようとしていた。
 奇しくもこの日は、一部上場企業の専務取締役まで勤めた父の古巣の株主総会が行われており、虫が報せた訳でも無いのだが、丁度息子に週末のゴルフも翌週の宴席も無い金曜の夕刻まで頑張って、リスケに右往左往させることも無く逝ったのも、企業人らしい締め括りだったと言えようか。

 着のみ着のままの訪名だったため翌日一旦帰宅して週明けに再度訪れ、遺影を確認する。火曜が友引なので日月で済ませることも可能だったが、父の縁の方々への連絡に鑑み火水とした為、小休止を挟んだ形になる。
 ただ米寿も視野に入った大往生なので友人自体が限られ、供花・香典辞退とあらば葬儀社との協議も沙汰止みである。従って結局父の戻って来れなかったマンションや主を喪った小別荘兼菜園の土地を巡り、替わりに別れを告げるとともに日常生活の痕跡が残るままの空間を、何から手を付けたらと途方に暮れるままに整理を始める。
 残念ながら分別に無駄に煩雑な愛知県では迂闊に塵も棄てられず、一向に進まない。

h949.jpg  火曜の午後になって妻は再び、子供達は亡骸になってから初めて体面し、早晩通夜に至った。会葬者の焼香を喪主が立って迎えるのは珍しい光景だが、確かに理に叶っていよう。
 父の弟妹諸兄や従兄弟にお会いするのも数十年振り、飽く迄父の葬儀であり私の関係者への連絡は極力控えたとはいえ、同僚に足を運んで貰い恐懼する。
 葬儀社と葬儀場が一体であるのは冠婚葬祭に派手な、と言えば角が立つならば儀式を重んずる愛知県らしいが、確かに利便性は高い。とはいえ当然辺りは閑散としており、止むを得ずジャスコで食糧を調達して、線香を絶やさぬ様に控室で一家四人床に就いた。著しく体を酷使している訳では無くとも疲労は嵩んでいるのだろう、程無く睡魔に取り込まれる。

 明けて葬儀である。禅宗の葬式が賑やかしいのはこの地域の特色ではなく、木魚のみならず鼓や鉢を駆使したガムランの如く調べに載って、南無阿弥陀仏でも南無妙法蓮華経でも無く、南無喝  那   夜耶(なむからたんの とらやーやー) 、僧侶も総勢四名の豪華版で読経が繰り広げられる。
 そう言えば父の父の際もそうだったと36年前の記憶が甦り、中途にはいきなりメインの住職が渇を入れたりと、本会議もこの位起伏に富んでいれば睡魔も襲うまいと余計な思惑も脳裏を巡る。流れ解散で無いので参列するにも気合いが求められようなどと鎮座しながら客席を慮っても何も伝えられず、結局喪主の挨拶も昨日と同内容に終始した。会葬者ひとり一人を見送ることも叶わず、喪主とは不如意なポジションである。
 霊柩車と言っても神輿を担いだ様な仰々しいスタイルでなく黒塗りのリムジン擬きで八事の火葬場へと向かう。流石に父子禄を食んだブランドの車で外車ではない。個室で待機すること90分、順番待ちではないから時間を掛けて焼いた方が骨が残り易いという配慮だろうが、正直少なからず退屈である。
 やがて放送に導かれ、肉体を喪った父に再会し、文字通り骨を拾う。骨壺に納まり切らなかった分は廃棄されるらしい。葬儀場に取って返して住職に骨を預け、長い様で気付いたら過ぎていた五日半も幕を閉じようとしている。
 長い間ありがとうございました。お疲れ様。

6月27日(火) 若さゆえ  -趣味・実用 - 将棋-

h947.jpg  将棋に最も打ち込んだ小学生時代、棋界の巨星は三十路を越えたばかりの中原名人やその少し上の世代にあたる米永、内藤、加藤一二三といった面々だったが、病気休場がちとはいえ升田元名人や大山十五世といった還暦近くの御歴々もA級に健在であり、現に大山氏は69歳で亡くなるまでその地位を保っていたものである。
 翻って現在のA級最年長は47歳の佐藤元名人であり、B級1組まで拡げても50代は谷川十七世のみ、46歳の森内十八世がフリークラスに転出するまでに、ベテランの生き難い世界になっている。
 元より「連勝」自体は、各棋戦に予選から参画するが故に対局間隔が短く、かつ対戦相手に大物の少ない若手に有利なのは疑い無く、現に前記録保持者の神谷現八段、その前の塚田現八段も20代で樹立している。
 ただその両者が特定の新戦法を糧に文字通り破竹の勢いで成し遂げ、結果的にその対応策が編み出されてからは必ずしも第一級の戦績を残しているとは言い難いのに対し、今般藤井四段は棋風も定まらない内に勝ち進んでいるのだから、まさにプロ初勝利の相手となった加藤一二三氏宜しく「岩戸以来の大天才」と化す伸び代は大いに秘めていよう。
 とくに藤井氏は大局観の鋭さが指摘されているが、本来ならそれは対局を重ねた経験則から導かれるものであり、だからこそ少なくとも嘗ては寧ろ終盤乱戦に持ち込んでからが腕の魅せ処たる、ベテラン優位な領域が存在した筈である。今やチェスに続き人間との優劣がほぼ決着したAIも、ベースがディープ・ラーニングである限り本来は同じ構図であろう。
 にも拘わらず経験則に欠ける、若しくは恰も勘が鈍るからと議論を好まなかった小泉元総理の様に、蓄積が無いからこそ天啓の如くに湧き出る大局観なるものが存立し得るということか。だとすればその構造の解明こそがAI開発のひとつの道標なのかも知れない。
 泉下の灘九段に伺ってみたいところである。れんしょうだけに。

6月21日(水) なが~く愛して  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h946.jpg  コール元独逸首相が亡くなった。氏とミッテラン仏大統領の巨体と鉄の女サッチャー氏は初期サミットの代名詞であり、わが国と伊太利亜ばかりが煩雑に交替して形見の狭い想いをしていたのも今や昔、翻れば安倍総理が二番手とは隔世の感があろう。
 ただ先任首脳は矢張り独逸のメルケル氏であり、そこにはワイマールの教訓から長期政権を担保する制度設計の知恵が秘められているのだろうか。確かに後継首班を明示した上での建設的内閣信任案の否決が無い限り下院の解散権は制約されている。
 勿論、嘗てわが国においても戦後間も無く、解散権は内閣不信任案の可決に依る所謂69条解散のみ是認されるとの憲法解釈に基づき、敢えて不信任を成立させた吉田内閣の話し合い解散の例同様に、独逸においてもかく便法を用いて任期満了前に総選挙を実施した事例はあるが、英国においても等しく解散権を大幅に制約する法改正が為され、にも拘わらずメイ首相による任期半ばの総選挙が予想に反して与党の敗北に終わった事例は記憶に新しかろう。
 だからわが国も来年末任期満了に憲法改正の国民投票と同時に総選挙を設定すべきと結び付けたくなるが、実際にはそれは戯れ言に過ぎない。と言うのも戦後わが国において総選挙の結果を受けた総理の退陣は三木、宮澤、麻生、野田の四例に留まり、他方参院選の敗北に起因するケースも宇野、橋本、第一次安倍の三例を数えている。
 これに匹敵する党総裁任期の満了乃至は再選出馬の断念(中曽根・小泉、鈴木・海部)が、任期の二年から三年への延長と三選解禁によって著しく蓋然性が低くなった今、詰まるところ長期安定政権の樹立は、参議院選挙を政権選択に用いないというコンセンサスに懸かっていると結論付けるべきではないのか。
 それを与野党の意識改革という慣習法に委ねるのか、或いは憲法改正をも視野に入れた参院の権能の新たな制度設計を企図するかはさておき、畢竟、 歴史を学ぶとはそこから仮説を導き出し、現実を以て検証するのが保守の羊蹄であると、綺麗に纏めてみました。
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