コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月13日(木) さあ、働こう内閣  -政治・経済 - 政治・時事問題-

i77.jpg  金融緩和、財政出動に続く成長戦略に兎角異論、反論百花繚乱ではあるものの、一億総活躍から働き方改革、人づくり革命と、タマとしての技術開発と並行する形で成長の根幹たる人間の数と生産性、その為の教育をと手を変え品を変え注力している姿勢は、掛け声が先行して果実が明らかになり難いとはいえ、もっと注目を浴びて良いだろう。
 ただ現実に働き方改革が政策として形を為して来ると、その経緯に鑑みればやむを得ないものの、些か長時間労働の是正という先祖帰りした様な議論にスポットが当たり過ぎたきらいは否めない。元より高度プロフェッショナル制度の様な非時間管理の拡大は有用である。ただ世の中は時間単位に基づき常に均一な生産性の求められる仕事と、芸術の如く成果が全てという世界に二分される訳ではなく、比較的勤務中の自由度はありつつも便宜上時間管理をベースとせざるを得ない職責は数多存在する。その中間層は高度プロフェッショナルに該当する外見性はあるが、裁量権の少なさに鑑みれば自律的な働き方とは言い切れない。これを時間管理以外の手法を主に据えるのは、恰も民主主義がこれまで試みられた全ての政治体制を除き最低の政治であるのと同様に、恐らく望ましくない。
 勿論、大企業の間接部門において働き方改革をと問われても、精々会議を廃止したり随行者の数を減らしたりと、生産性の分母を小さくする発想しか生まれ得ないのは、時間管理に拘泥せざるを得ない弊害なのかも知れない。
 しかし一方で同一賃金同一労働という概念を用いるならば、詰まるところ後者の「同一」の換算は時間単位が前提となろうし、ジョブ・ディスクリプションの明確でないわが国にはそもそも同一労働の範疇は稀少で、寧ろ同一賃金同一待遇こそが相応しいとの反論は、遷く時間に捕らわれない働き方が具現化しているが如き幻想を想起させて堂々巡りである。更にはそれが単に所謂正規雇用の拡大を求めるものならば、解雇規制の緩和と入れ子という極論に走らざるを得なくなろう。
 ただ詰まるところ、完全雇用の為の失対事業に終始していた独立の労働行政が、企業の尽力と相俟った労働需要の拡大を経て、供給側の質を高める人づくりに至りつつあるという論理は一貫しており、試行錯誤を重ねるのは旧弊に囚われて身動きを縛られるよりは余程建設的だろう。壮大なる実験を試みるには些か舞台が大き過ぎるきらいはあるが、頭の体操だけでは何も生まれまい。

9月6日(水) 末は園直、池禎か  -グルメ - ドリンク-

 元より右の物を左に置き換えるだけで食べている様な仕事柄であるから日々調整に明け暮れるのは商売繁盛の証しだが、このところは会食の設営が立て込んでいる。
 確かに上官の肩書きに依居してお近付きになりたいターゲットとの懇親、懇談を企むのは、永田町周辺居住者の常套手段に他ならないが、役者が増えれば黒衣の立ち回りも踏んではならない地雷も増殖して存外にひと筋縄ではいかなくなる。
 だからと言って流石にコンペの背広幹事宜しく、勝手口に控える様なケースは稀だから、役者が上位者になる程、セッティングそのもののハードルが上がる替わりに当日はお呼びで無くなるので、日程が合意された段階で小さな喜びを得てお役御免である。
 考えてみれば上は首脳会談から日常の会議に至るまで、自己目的化は本末転倒であると重々承知の介の上で述べれば、「会う」こと自体が人間同士の営みの大きな要素を占めているのもまた事実であろう。
 と自らを納得させている時点で国対向き、より厳密に言えば国対の事務方向きの人材に、後天的に形成されたと言うことだろうか。

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 逆にお付きでなく、僭越にも自らが主役でもなく、単に一参加者として宴席に携わると、緊張感を欠くのか呑んだくれ、若かりし出向時代には日常茶飯事であっても、以来数少なかった酩酊に近い事態が再び散見される様になってきた。
 元来麦酒は好みで無く、だからなのか寧ろ日本酒の方が酔わないという根拠無き自覚があったのだが、それも程度問題で注がれるがままに飲み干していては致し方ない。仕事柄酒の許容量が多いに越したことは無いし、定着した呑み介のイメージを今更覆し難くもなりつつあるが、偏食のためより飲料を欲する傾向があるのなら和らぎ水を添えればと思いきや、味噌汁でも煮詰めた様な濃厚嗜好の舌には水では如何にも物足りなく、だからと言って日本酒とコーラを並べるのは相当な違和感があろう。
 ただ嘗ては宴席の中途でも遺漏なく嘔吐して何事も無かった様に飲み続けていたのだが、加齢に伴い確実にスムースに吐ける胃腸の能力もまた減退しており、同時にアルコール分解も凋落していようから、かく事態が訪れようとも不可解ではない。
 飲んでる顔をして飲まなければ良いだけ、と言われれば反論の余地も無いのだが。

9月5日(火) 大事なく  -育児 - パパ育児日記。-

i72.jpg  園遊会で昭和天皇陛下から「随分骨が折れますか」と問われ、緊張の余りか「二年前に骨折したんですけど」と応えた柔道の山下泰裕選手のエピソードは、氏の実直な人柄を示すものとして長く語り継がれているが、何と公資が左手首を骨折して仕舞った。 体育の授業中に徒競走の選手争いに気合いが入り過ぎた結末の模様だが、早速教諭が謝罪にわが家まで訪れるとは現代の義務教育も運営側はひと苦労であろう。
 父も母も兄も骨折経験は無く、昨今はギブスもグラスファイバーに近代化したらしいと聞くが、古式ゆかしい石膏製なのは幸い二週間で解放される軽傷だったからか。
 左なのでサピックス通いにも支障はなく、ピアノを休む程度。ビニールを巻いて風呂に入るライダーマン状態のため些か左手から異臭は放っているものの、早晩ノコギリで解体される模様。大事に至らなくて良かった。

i76.jpg  先週末には目玉として報道された幹事長人事が、週末を挟んで代表代行に棚上げされ、蓋を開けてみれば無役とは、元よりスキャンダル報道という種明かしこそあれ、最初の代表はメール問題で、外相は外国人献金でと、よくよく出端を挫かれる星の元にある前原丸の多難な船出である。
 結局、覇を争った前原、枝野両氏の初当選した93年総選挙来の政治改革は、ひとつには政権交替可能な二大政党制を齊し得る小選挙区制と、中央省庁再編と期を一にする首相=官邸機能の強化として結実し、前者を為し遂げた民主党は後者で失策し、その果実を得た安倍政権がひとり勝ちと責められる皮肉な現状を招いている。少なくとも現時点でわが国は、政権交替可能だが政権交替の無い、55年体制にも似た世界を選好し、同時にそこに嘗ての派閥の合従連衡に依る疑似政権交替が存在しないことを嘆くという、自家撞着的な構図に陥っている。
 少なくともアンチテーゼの表象としての野党の存在は欠くべからざるあるが、大事に至らなければ良い、という段階は既に超えて仕舞ったか。

9月2日(日) 百獣の王を凌駕する  -スポーツ - ゴルフ-

i71.jpg  ラス前第二打残り190ヤード、当然乗る筈も無いからと力が抜けたのが奏功したか、3番ウッドを一旋すれば見事バーディ・チャンスに付けるスーパー・ショットが訪れる。
 だからゴルフは辞められない、のワンシーンだが、現実にはこのホールも3パットしてパーすら逃し、一日を通してドライバー、ウッド、ショート(しかバッグに入れていない)アイアン、アプローチ、パットの何れもが、先述の一打を除いて須く震わない苦渋のラウンドであった。結果百十の王を遥かに超え、久々のスルーで上がって漸く、ライオンの如くに生ではないものの肉と日本酒を煽る。

 長らく学生時代のサークルの同世代の幹事役を自認してきたが、コンプライアンス天国の昨今、我々の時分でも些か硬い響きだった「学生団体」から更にNPOたる胡乱な存在に朽ち果てたそれに愛想を尽かした訳ではないものの、創立55周年なる仰々しい集まりには伺えなかった。
 それは勿論、芝刈りとバッティングしたからではあるものの、企業人であろうと独立した経営者に近い存在であろうと、嘗ての同僚達の身を置く世界と些か日常が隔たって仕舞ったからであろうか。
 結局、近隣世代のその後を追ったHPも最後の更新は卒業20周年を大江戸温泉物語に集った五年前、既に往時の参加者から鬼籍に入る者二名を数えており、今年は四半世紀の会を設営すべきところだが、屋形船案、ゴルフバー案とアイディアだけは浮かぶものの、初めの一歩が出ない。

8月31日(木) いつも同じ時を  -音楽 - J−POP-

i70.jpg  七月に発表された一十三十一氏のニューアルバム『Ecstasy』はドリアン氏が全曲を手掛けているが、それは2012年の一十三十一氏の実質的な再デビューとも言える『Dive』のプロデュース以来、徐々に比重を落としつつもこれまでの全てのアルバムに複数楽曲を提供してきたクニモンド滝口氏の存在が遂に消え失せたことを意味している。
 俗にシティポップとひと括りにされるジャンルの中で、フォークよりは"ポップ"の要素の代名詞とも言うべき、「流線形」以来のクニモンド氏の不在は、メロディの美しさから休養以前の一十三十一氏の、寧ろ粘り付く様な声を素材に、ボーカルもまた一要素として楽曲全体を構成する方向に、率直に言えば主旋律そのものは些か平板に回帰させたとも言えよう。
 実際、裏声の様にも響く地声と本物の裏声を織り交ぜながらも一音一音が正確な上に倍音が豊かなのか、類稀な声質の一方で、音域は狭く畝々とした起伏豊かでないメロディとの親和性が高い、要は平板でも声で聴かせて仕舞うとはいえ、新作には若干の物足り無さは否めなかったのである。
 「Dive」で幕開けした本日の公演も当然、新作主体なので期待と不安が入り交じって迎えたのだが、いざ蓋を開けてみると打ち込みベースかと思いきやシークエンス以外は純然たるバンド仕様で再現とは、難解なコードが連なる上に更に複雑なギターリフが重なり、ベースは弦と鍵盤の両刀使いとは実に恐れ入った。更にはドリアン氏に加え、同じくこれまで多数作曲兼トラックメーカーを務めているカシーフ氏と、恐らくこの世界では豪華ゲストも登場し、想像以上に魅せる"ライヴ"であった。
 こうして観るとドリアン氏やカシーフ氏の方が、確かにコード感の希薄さはシティポップらしさからは遠退くものの、素材としての一十三十一氏を活かすべく職人に徹しており、自ら編み出した美しいメロディを当て嵌めているという意味では、却ってクニモンド氏の方が過剰関与だったのでないかとの疑問すら湧いてくる。元より後にクニモンド氏が手掛けたUKOやナツ・サマーといった顔触れの楽曲が、多分に情緒的な表現ではあるが一十三十一氏のそれよりも煌びやかさに欠ける感が否めないのは、製作者の唄い手への愛情の差が見受けられる気もするのだが。
 ただ詰まるところ非常に満足感に包まれたのは、一曲一曲が短く約一時間強というコンパクトなステージ故に飽きさせないという構成の妙もいざ知らず、恰もイベントに参画して間近のアイドルに見とれるフアンの如く感覚に陥ったからではないか。
i69.jpg  そもそも東京ミッドタウンはガーデンテラス内という小規模かつ小洒落たコンサート会場からして初体験であり、19時開演にも拘わらず一時間半前の開場と同時に訪れて暇を持て余したものの、替わりにほぼ中央最前列を確保して極めて間近にご尊顔を拝し得たのである。
 恐らくその容姿は声ほどに元の素材は類希なる訳では無かろうが、楽曲ともども洗練されたのか、痩せて色気を増したのか、或いはそもそも所謂"下膨れ"が私の嗜好性に共鳴したか、見れば見る程美しいのである。
 翻ればレストラン兼であり、食事を採りながら音楽も愉しむ構成の為、テーブルから90度腰を捻って頭付きにならざるを得ず大いに腰に痛みを生じだのだが、趣旨からすればカップルでの参加が多数見受けられて然るべきところ、私同様に男性ひとりの所帯だらけだったのは、80年代歌謡曲に範を求め得るシティポップの主たるターゲットが五十内外の層であり、彼等が熱を上げる対象として一十三十一氏の様な存在は、贔屓筋たり得るのに丁度良い妙齢ということだろうか。要は単に齢を重ねて、若い歌手には楽曲にも当人にも関心が薄れ、熱を上げる対象もまた高年齢化したという帰結か。
 アンコールを挟んでのオーラスはアルバム『Dive』からドリアン氏作の「恋は思いのまま」。最初と最後が五年前の作品であるのは、未だにこれを超える作品を産み出し得ていない証佐でもあろうが、過去のライヴ映像を見る限り会場全般にコケティッシュな振りが伝播していたところ、如何せん立ち上がるのも憚られ、座したまま手だけ振っても盆踊りチックである。勿論、バンド形態でなくラップトップ主体のクラブ仕様の公演もあるのだろうが、かく一面だけ取れば矢張り支持層のよく言えば成熟、その実老練化は確実に寄与しており、ステージの短さも当を得ている。
 とはいえ演者には引き続き若作りでいて戴きたい。

8月29日(火) あなた育てます  -スポーツ - 広島東洋カープ-

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 確かに球場効果による安定収入の拡大は大きく寄与していようが、広島カープにとって所謂逆指名制度が廃止されたのは追い風になったろう。折しも元スカウト部長・宮本洋二郎氏の評伝が発表されたが、かの木庭教氏を筆頭に人材発掘に長く携わる、著名なスカウトを数多く排出してきたのがストレートに強味に直結しよう。
 取り分け木庭氏やヤクルトの片岡宏雄氏、或いは遡って太平洋の球団代表まで昇り詰めた青木一三氏、阪神の佐川和行氏ら、端から専属乃至は選手としての期間は乏しい、嘗ての"名物スカウト"の面々が、時には恫喝も辞さず権謀術数の限りを尽くすタイプであったのに対し、宮川孝雄、渡辺秀武、宮本洋二郎、苑田聡彦といった長年の選手生活を経てなおスカウト職を全うしたカープ歴代の顔触れは、寧ろ村夫子然とした地道な佇まいを醸し出しているという意味で、逆に近代的である。
 実際、本日も鈴木外野手を故障で欠いてなお、好投のマイコラス投手を伏兵、西川内野手のひと振りで逆転勝ちとは、幹部候補生以外は年齢を重ねれば流動資産へと昇華させる経営戦略故より顕著に映るとはいえ、若手の台頭が際立っていることは否定し得ないだろう。元より二年連続優勝を為し遂げた時、80年代後半以降の長期低落期の様に、地元の熱を覚まさない為には新たな戦術が必要とされるのかも知れないが。

i8.jpg  新進党初の代表選は1000円を払えば誰でも一票を投ずることが出来る、勿論有権者層自体の恣意性には多分に疑義を残すとしても、民進党の現行サポーター制より遥かに、政党の代表という公職でないポストの決定過程を、お祭り騒ぎ化して宣材に活用するという点で斬新であったろう。
 面白がって友人と二人して二人の候補者各々に投ずるという、勝敗に全く影響の無い関与を施して見事にその戦術に乗せられた記憶があるが、結果は小沢一郎氏が大勝したのは周知の事実であろう。敗れた羽田孜氏はやがて小沢氏と袂を別ち、流浪を経て新民主党の初代幹事長には就任したものの、"早過ぎた元総理のその後"を過ごすこととなった。
 歴史にifを想定しても詮無いが、もし細川退陣後、後継に儀せられた渡辺美知雄氏が多数離党者を引き連れて非自民陣営に参画し、羽田カードを温存出来ていれば、或いは少数内閣として内閣不信任案を迎えた際に、敢えて中選挙区制下のままでも強引に解散に踏み切っていれば、異なった未来が生じていたのかも知れない。美しく言えば、羽田氏はミスター政治改革の異名とともに、小選挙区制と政権交替という政治改革に殉じたということになろうか。
 政権交代の首班指名において既に病篤い羽田氏を小沢氏が肩を抱えてともに壇上に登った姿は、ひとつの時代の証しとなるシーンであったろう。御冥福をお祈りしたい。

8月27日(日) 見る阿呆  -スポーツ - ゴルフ-

i62.jpg  そもそもヘッド・スピードが無く五番ウッド以降は敢えてレディースに救いを求めている私には、父の遺品たるゼクシオ・プレミアムは、高齢者向けだけあってお値段も張る分、撓りの激しさがマッチしたのだろう、ひと月振りのラウンドにも拘わらず、寧ろ従来よりドライバーは飛んでいるではないか。
 おかげで前半は49、しかもアプローチ、取り分け転がしの距離感が冴えているとは珍しい。
i63.jpg  ところがいい気になってロブよりもランニングに専念したところ後半に入りトップ続出、それでも耐えるゴルフを続けたものの、ラスト2ホールで崩れて二桁は叶わなかった。止まる高麗グリーン、にも拘わらず上からだと存外に速くて悩まされたが、高麗の際は距離が短く、スコアが期待出来るだけに悔やまれる。

i64jpg  何とか通行止めになる前に馬橋通りに滑り込んだが、今年は場所取りも断念して通りすがりに遠目から眺めるのみの阿波踊りである。
 とはいえ街全体が祭り仕様のため、迂闊に飯にも有り付けない。已む無く餃子の満州としたが、考えてみれば仲々のネーミングである。「支那竹」ですらメンマと改められているのに、"旧中国東北部"とも改名を強いられず、埼玉の企業の様だがこのまま貫いて戴きたいところ。

8月26日(土) 品川倶楽部  -趣味・実用 - 写真-

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 楽器演奏、野球・相撲評論、都市遺稿の探訪、将棋と趣味と呼べるものは多かれど、写真は後発になる。
 確かに銀塩時代から事あらば撮影に及んでいたが、寧ろ記録性重視であり、写真としての美を求め出したのは、デジタル化により出来映えを即座に確認出来る様になり、数打ちゃ当たる戦法が成立したのも元より、子供達という父の嗜好に協力的な被写体を得たのが多分に作用していよう。
 ただ一眼レンズコンパクトと買い漁っている割には技術的には疎いままで、カメラ本体の知識が豊富とは到底言い難い。従って量販店を嘗めることはあっても、わざわざショールームにまで足を運んだのは、休日に品川という珍しい状況が生まれたからである。
 愛知県の企業なので新幹線ばかりかリニアも見込んだのだろう、関連各社の拠点が少なくないので、実は今週水曜にも品川で飲んでいたのだが、灯台もと暗しとは些か平板な喩えとはいえ、キャノン・ニコンの両社のそれが埋立地に築かれた人口路盤の公園擬きを挟んで相対しているとは知らなかった。
i61.jpg  本社を立地した後者に前者が呼応したのかも知れないが、嘗てニコンの、今はキャノンの一眼レフを旅先に持ち歩く身の上に取っては好都合とも言えよう。今更比較してももう乗り換えは試みないだろうが。

 さて本題は大学時代のサークルの同窓会、毎年別件と重なるが今年はスタートが早く梯子が成立した。
 線路より東側は倉庫街から巨大なビジネス街に変貌した地域だから土日は思い切りひっそりしており、ニコンはマニアらしき顔触れが数名、子供が撮影に興ずるべく幾分のエンターテイメント性を持たせているキャノンですら閑古鳥に近かったが、逆に言えば飲食店は交渉すれば比較的安価に貸し切りが可能とは、幹事の鋭い視点の勝利であったか。

8月18日(金) 都心を歩く  -地域情報 - 東京23区-

 朝からスムースに胃カメラを味わい、意外にも潰瘍は治癒しつつあるとは湯沢では運転もあり必然的に酒絶ちに近かったのが短期的に奏功したのかも知れないが、逆流性食道炎も薬を処方されただけで何と無く痛みが和らいでおり、病は気からであろうか。

i54.jpg  お馴染みのルポールで昼食会だったので雨続きで猛暑もひと休みかと帰路は散歩に興じてみた。20号線を跨いで日テレ通りを進むと市ヶ谷駅に出る。書店で小休止を挟み、私学会館とギリシア神話の組み合わせが不可解なアルカディア市ヶ谷を超えると、嘗て派閥宜しく第四木曜開催の「四木会」なる勉強会を行っていたビルを横切る。ノンジャンル各人お題持ち寄りのアバウトな運営だった為、一年も持たない企画倒れに終わったが、雲散霧消する時分になって改めて「何故よつぎかいだったのか」と尋ねられ、言葉を通ずるのは難しいと痛感した記憶がある。
i55.jpg  永田町関係者にとっては地元から支援者の到来する8月15日はお盆休みを分断する大きな関門であるが、周辺居住者にその責務は無い。とはいえ帝国臣民の末裔として靖国神社を通り過ぎる訳にはいくまい。残念ながら公職は持ち合わせていないので、私人としての参拝である。
 そのまま北向きに突っ切り街宣車と警察の点在する小道に入って白百合学園を遣り過ごせば広大な空間が現れる。「ふじみこどもひろば」は嘗ての衆議院九段宿舎であり、都心の一等地に美しい芝生が拡がる光景は圧巻だが、土日のみ開放のためグラウンドを踏み締めることは叶わない。確かに平日真っ昼間に九段で球技やら駆けっこやらに興じる富裕層も少なかろうが、如何にも勿体無い仕様で老朽化した赤坂宿舎の建替統合など、跡地利用が定まるまでの暫定なのだろう。

i56.jpg  空襲を免れたため旧い日本家屋が点在している地域だが、ひと際大きなそれはフイリピン大使館公邸、旧安田善次郎邸らしい。隣接するのはグランドパレスで、異様な傾斜地への立地を裏から視認して、この辺りが「富士見」を称する高台であることを実感する。
 御本人にとっては災厄以外の何物でも無かったろうが、金大中氏にわが国が理屈抜きの親近感を抱いていたのは、矢張りここを舞台とする拉致事件の記憶故であったろう。元より金大統領時代は韓国経済が昇り坂にあったからこそ、対北のみならずわが国にも太陽政策を採り得たのかも知れないが。
i57.jpg  比公邸との間には飯田橋方面から九段への抜け道があるが、段差解消の為とはいえ何故に隧道にしたのかは都市変遷評論家としては有力なお題である。

 広大な貨物ヤードであった旧飯田町駅の遺稿はJR貨物本社脇を走る線路跡擬きのモニュメントのみかと思いきや遊休地風情の細い土地が点在しており、細長い廃線跡地の使い勝手の難しさを物語っている。
こ れを最後に会社に帰着した。お盆の週はかく弛い感じです。

8月16日(水) Back In Uguisudani  -音楽 - シンセサイザー-

i51.jpg  YMOのコピー遍歴としては94年に「似非YMO」名義で内輪の集まりにて披露したのが実質的な発端となるが、その延長線上に98年01年の二度に亘り自身とメンバーの結婚式の二次会で演奏した「ニセYMO」が第一の山であったろう。
 折しも本家は長いー往時の感覚としては恐らく半永久的なー休息にあり、パロディ・アルバムまで出して仕舞ったYセツ王はじめコピー・バンドの秘かなブームを背景に、MIDI+演者三人だった前回と異なり、完全手弾きをコンセプトに掲げたのが「中国男 l'homme chinois」で、04年から都合五回も公演に臨んでいるのだから第二の山場にしてピークに他ならない。
 ただ詰まるところ手弾きでそれらしく再現するにはどうしても機械的なシークエンスや効果音的なフレーズに人力で対応せざるを得ず、個人的にはコード弾きを基盤とした自由なバッキングは寧ろ望む処であっても、録音を聞き直しては足りない音の埋め草に汲々とする繰り返しが、レパートリー初期から中後期以降に波及させるに連れ増殖し疲れて仕舞ったというのが休眠の本音だろう。
 だが同時にスケッチ・ショウ以降の復活劇に、拙いカヴァーに手づから勤しむよりも現物を聴く、易きに流れた側面もまた否めまい。その結果として数多のコピーバンドもまた極めて本格的な一部を除き停滞期に入ったのも事実である。

i58.jpg  その文脈に則れば、今般鶯谷の東京キネマ倶楽部なる文字通り劇場型の空間で、79年ツアーの再現トリビュート公演が行われたのは、ご本尊が坂本龍一氏の療養から休息に入ったのと期を一にしている様にも見えるが、実際には三年前のYMO楽器展がその発端らしい。
 確かに巨大なMOOG、所謂タンスを前に滔々と語っておられた松武秀樹氏が実演に参加するのは大きなアピール・ポイントに他ならないが、失礼ながらそれだけではYMOの遺産を活用している感が強く映り食指が湧かないところ、 夢の島から葛西に移ったWorld Happinessを二年連続パスしてなおこちらに駆け付けさせたのは、渡辺香津美氏の登壇に他ならない。

 79年ライブを初めて耳にしたのは当然アルバム『Public Pressure』になるが、契約関係から渡辺氏のギターが全て坂本氏のキーボードに代替されているのは有名である。だからこそ却って"テクノポップ"らしさが強調され、後にギターありのボトムライン公演がFMで放送され、更に唐突にアルバム『Fakerholic』が世に出たものの、逆に違和感が残ったのは否めない。
 ただ実際に渡辺氏の演奏が、元よりスペシャル・ゲストであるから本公演以上にそのプレイがフューチャーされている上に、明らかにこれまで親しんだ、今やYouTubeにも多数アップロードされている海賊版を含めた79年公演のそれよりもギターのミックスが大きく繰り広げられると、改めて初期YMOが極めて実演力に富んだフュージョン・バンドであったことが強く想起される。取り分け「在広東少年」や「東風」、「The End of Asia」といった楽曲は本日の方が断然格好良く、然るにこれらは須くYMOと言うより寧ろ坂本・渡辺両氏に依るKYLYNの流れを酌んでいるのだ。
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YMO楽器展(2014/11)の松武氏(右
 往々にしてニューウェイブに傾斜した80年ライブにおける大村憲司氏がYMOギタリストの代名詞として扱われることが多く、実際松武氏も「後ろもYMO(矢野顕子・松武・大村)」と口を滑らせ慌て訂正していたが、動的なパフォーマンスも含め当時のインタビューで細野氏が「リーダーはギタリストか」と再三指摘されたと述懐しているのも、フロントの三人が敢えて無表情な東洋人を装おっているからこそ余計にとはいえ、渡辺氏のライブにおける存在を改めて彷彿とさせるものがあった。
 逆に往時はシーケンサー MC-4を完全手弾き曲の演奏中に一曲毎にテープからロードするという綱渡り的な労苦を強いられていた松武氏は、今ではその手弾き曲の間は正直暇そうで、後年LOGICというプロジェクトで一定の商業的成功を収めたとはいえ、作編曲と独立したマニピュレーターなる存在が、機材の進歩とともに成立しなくなった様を如実に現していた。
 ただ翻れば、とくに79年ライブにおいては概ね一曲置きにはシークエンスや効果音を操作していた訳であり、詰まるところ人力と自動との絶妙なバランスが初期YMO公演のまさにライブ感を醸し出し、年を重ねる毎に後者の比重が増えて極論すればカラオケに音を乗せるが如くに至って、ライブ・バンドとしてのYMOは過去の一頁と化していったのだろう。
i52.jpg  勿論、83年散開ツアー以降、再生からWorld Happinessに至るまで、YMOの公演は優れて旧曲のリアレンジに感嘆するものであって、エンターテイメント性に富みかつお三方のプレイそのものを堪能出来る他に比類の無い公演に他ならないが、ハプニング性を同居させるという意味でのライブという表現が正鵠を得ているとは最早言い難い。換言すればYMOを全て手弾きで演奏するというコンセプト事態、何れ手詰まりに陥るのは避け難く、わが中国男がフュージョン色の強い初期作と同時代のソロ曲から敷衍するに連れ、選択肢が狭まっていったのも宜なるかなだろうか。

 幾らお盆最中とはいえ平日の18時開演にも拘わらずスーツ姿のサラリーマン色が皆無なのは、YMOフリークは既に時間管理から逸脱した自由度の高い世代に占められている証佐かも知れないが、かく言う私も朝方湯沢から自走帰着しての休日仕様、Tシャツ・短パン姿だったが、80年ロス公演の如く絢爛煌びやかな観客席よりも、創世記の79年に寧ろ相応しかったと言うのは自己正当化に過ぎようが、さて明年のYMO結成40周年には何かが起きるのか、或いは起こすべきか。
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