コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

2月14日(水) 天地茂と石坂浩二  -本・雑誌 - 今日の一冊-

i267.jpg  再三述べている様に、私の文体は取り分け文章のリズムという観点から、江戸川乱歩氏をひとつの手本としている。
 元より二十世紀最大の児童文学者と称しても過言でない乱歩氏であるから、少年探偵団も大人モノも須く作品としても魅惑的であり、果ては氏そのものへの評論、解釈もかの映画「RAMPO」に至るまで各種取り揃えて漁ってはみたものの、持ち前の収集癖からもご本人が自らを解説し過ぎており、それが意図的なのか単なる後年の記憶違いなのか、必ずしも事実に即していない要素も少なくなく、所謂伝記の成立を困難にせしめるとともに、オムニバス的な評伝が多くなり読み物として面白みに欠けるきらいを齋している。
 況してや横溝正史氏については、幼少時に角川の洗礼を受けた世代に他ならないから、白いお面を佐清と称し「いえ、青沼静馬です」等と応える位の人並みの知識こそあれ、作品自体は殆ど読んでいないので、両氏を比較題材とした書籍には非常に惹かれながらも、その分厚さからも果たして何時読み始めるかには逡巡させられていた。
 しかしながらいざ手に取ると一挙に、とは些か筆が滑ってはいるものの、早々に読了した。推理小説と言えば、ひと昔前は事実を左巻きに拡大解釈する松本清澄氏ばかりが珍重されたのに対し、戦後を「書かない大記者」の如くに過ごした乱歩氏の再評価に共鳴するばかりでなく、伝記の類は当人が世に出る前、登場人物の大半が見ず知らずの人物である間が極めて退屈なものだが、丁寧に時系列を追っているにも拘わらず、功成り遂げてからの回想では後講釈になる恐れを、同時代の回想も調べ尽くして徹底的に事実関係を明らかにしていく姿勢には端倪させられた。
i274.jpg  勿論、必要以上に書簡が残されている分、当人同士の接点が思いのほか明瞭たり得るとしても、矢張り大宗は想像に頼らざるを得ず、往々にして多分に牽強付会な主人公の回想で物語らしく繕われるところ、断片的ではあっても丹念に事実を追って僅かなミッシング・リンクに筆を入れるだけなので、少々の飛躍があっても説得されて仕舞うのである。
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 と読み終えて気付いたのだが、かく二人の人物の現実の交錯を踏まえて時系列に比較対象する手法は、少し前の阿久悠、松本隆両氏の論評においても同じ、と思ったら同一の作者であった。時代が新しく、かつ当事者の一方は現役なのでより客観的な事実から紐解かれていたが、休載中の週刊ベースボール「記録の手帳」の千葉功氏宜しくと評するのは修辞が突飛に過ぎるとしても、事実関係のどの部位にスポットを当てるかという切り口に豊富なバックグラウンドが寄与するという意味で、こちらも読み物としても非常に快適であった。
 歌舞伎からSMAPに至る芸能、クラシックから歌謡曲、文学・映画と著作は多岐に亘り、マニア気質なのかイマジネーション豊かなアンカーマンなのか、中川右介たるお名前の割には出自柄か思想的には左側におられる模様だが、乱歩の謎には及ぶまいものの非常に気になる。

 このところ赤坂で飲んだくれる事態も希少になったからだろう、飲み屋からのそれも消え失せて、詰まるところチョコレートは当日のパーティのお土産も含め、広義に捉えれば永田町関係者からばかりだった。元よりそれも有難や節なのだが、わが家では改めて定番のトップスのケーキにお迎え戴く。
 なお写真は画角を間違え下半身まで写ることを想定していなかった、ヨシヒロ50%のアウトテイクである。

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