コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月20日(水) 思った通りに、叶えられるのか  -車・バイク - 自動車全般-

i190.jpg  子供の頃に見た未来絵図には必ず、宙に浮かび縦横無尽に張り巡らされた透明なパイプの中を、人はハンドルも握らず優雅に珈琲でも啜りながら通過していく流星号の様な物体の姿が描かれていた。
 勿論、浮遊する道路は未だ実現可能性すらないが、後者の自動運転は緒に着きつつある。ただこの未来図には重大な示唆が隠されており、空中回廊とは須く自専道に他ならないのである。
 五輪までにレベル3(人が運転主体から補助に)が合言葉の自動運転だが、選手村から会場といった極めて仕切られた地域での見本市的な運用を除けば、実用化が企図されているのは過疎地域の高齢者の足替わりと、高速道即ち自専道におけるそれである。前者は歩行者が極めて少なく歩車分離に近似する想定であり、後者は自動車のみという点が共通項としてある。
 しかも白線が明確で少なくとも二車線が完全に分離しているのが前提となっているが、実はそこ迄の技術は既に商業ベースに乗っている。白線検知を主に車が重なり死角に入る際は前車追従が補助し、地図情報から急カーブにも自動で速度調整する、あまつさえ時速50キロ以上の限定とはいえ右にウィンカーを出せば、勝手に前車を追い越してから走行車線に戻り、ウィンカーを戻して呉れる優れ者である。合流は制限速度等の法的要因からも未だ手導ではあるものの、少なくとも本線上の自動運転(法的に手放しは認められないので厳密には「運転支援」)は既に実現しているのである。
 その超高級市販車の試乗に際し、実際には先導車に固定され入れ替わる要人の接遇役ではあったが、試乗スタート地点までの移動時に本体に闖入してその最先端機能の一部を体感したのである。
i191.jpg  ただ一千数百万のこのクルマに乗って先ず刮目させられるのは、丸で航空機に搭乗した様な後席ダブルTVであり、こぞって体感を求めたのは空気圧によるマッサージ機能に他ならない。元より運転支援は物珍しさを割り引いても極めて実用的に他ならないものの、果たして運転手付きでの利用が多数見込まれる高級車で、自動追い越しが多用されるかと問われれば疑問と応えざるを得ない。
 運転支援機能が高コストである以上、高級車からの準用に落ち着くのは自動車メーカーとしては当然の摂理であろう。しかしながらそれが本当に社会ニーズと合致しているのか、同じ自専道上でも渋滞緩和、環境負荷の軽減、事故減少、人手不足への対応全てに寄与する商用車の隊列走行の方がより実利的ではないのか。技術の実用化自体は国際競争の中でスタンダードを握る為にも必要には違いない。しかしながら国家としては、黙ってメーカーの技術競争に委ねて薔薇色過ぎる遥か彼方の時代に夢を馳せるだけでなく、予見可能な近未来において凡ゆる一般道における自動運転が事実上不可能であるならば、現実的な範囲内での法規制に踏み切らなければならないだろう。
 透明なパイプには何が相応しいのかから始めて。

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