コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月17日(日) お楽しみはこれ迄だ  -テレビ・ラジオ - おんな城主 直虎-

i182.jpg  女性を主人公に据えたからにはラブロマンスをとの発想は明快だったのかも知れないが、だからこそ今井政次が亡くなった時点で、当初企図した「直虎」は事実上終わっていたのではないか。
 二重三重の三角関係も総て解消され、愈々国盗り物語かと思いきや、そこからは盗賊やら貿易商やら村の古老やら、本筋には何等関与しない、言わば無駄なキャラクターばかりが闊歩する迷走続きであった。
 恐らく視聴率的にも厳しくなったのだろう、梃入れが図られた後半戦はすっかり元仮面ライダーW、後の直政たる万千代の出世譚で大河ドラマらしくはなったものの、結局最終回で急に身体を壊して亡くなる直虎は戦力も無いのに非戦ばかり唱える日本社会党ばりの掛け声だけで遂に国政に絡むことなく、半ば主人公の座を明け渡しての終焉となったのである。
 元より実在はしたとしても日本史における存在意義が確立していない人物を採り上げた点で無理があったのかも知れないが、逆に言えば史実では単に裏切り者であったろう小野を自己犠牲の忠臣に仕立てた様に、判らない分白地に絵を描くことも出来た筈だから、矢張り"政次後"を誤ったのではないか。
 実際、今川義元は卯も角、その母と子を重要な脇役に配したのは新しく、恐らくは徳川や井伊家との関係性も相当に脚色されてはいるのだろうが、NHKらしく歌舞伎役者を充てた氏真は、半ば狂言回し的とはいえ桶狭間後の今川家というサイド・ストーリーを以て、立派に彩りを添えていたのである。
i189.jpg  ただ折角信長に海老蔵という豪華配役も、直虎は直政まで、直政は家康までしか接点が無いから、阿部サダヲ対海老蔵の異種配合は確かに見応えがあったが、こちらも本来はサイド・ストーリーの域を出ないにも拘わらず、恰もドラマ「徳川家康」であったかとの錯覚までも醸し出して仕舞ったのも、結局は本筋が弱かったとの見解に帰結せざるを得ない。わざわざ映画の題名を捩ったサブタイトルを通した、その落ちも着かないままだった。
 来年は維新150年に薩摩の西郷どん、幕末の大河は流行らないのジンクスを崩せるのか。

 今日は部屋のお片付けに邁進する。とはいえ本の山は幾ら頻繁にブックオフに回送してなお最早本棚も満席で、美しく言えば梁山泊の如く堆く積み上がったままで、僅かに寝室に散乱した週刊ベースボールを段ボールに箱詰めし、漸く掃除機の掛けられる状態に至ったに留まっているから中途半端感は否めない。
 ここ数年は大掃除すらサボっていたから勘弁して下さいませ。

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