コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月10日(金) 希望のスカイウォーカー  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 初代共同代表選は予想通りの結末だったが、果たして希望の党は如何なる方向を目指すのだろうか。
 党内には未だ安保を巡って路線論争が燻っている模様だが、政権交替を視野に置いた健全なる保守政党として、基本的に外交・安保政策においては自民党と争わないのならば、政権に対峙する野党のポジションにある限り、他の政策で差異を示さなければならない。
 ただ自民は財界・大企業対応と景気循環に呼応する財政出動と持ち分が明確だった時分ならいざ知らず、80年代までは須く社公の領域だった中小企業に大企業以上に政権が秋波を送る昨今、対峙する施策を示すと言っても残る分野は益々ニッチに限られよう。
 或いは生産者と生活者、という二分論もあり得るが、民主党政権がこのロジックに基づいて惨憺たる幕引きに至った経緯は記憶に新しいし、この文脈を用いるのは社会(民主)主義政党としての立憲の方が明らかに相応く映る。社会保障や子育て支援の充実も今や政府の十八番であり、その為の財政健全化は消費税上げ繰延を主張した政党には訴え難かろう。逆にバラ蒔き批判で支出削減も現に金融緩和とともにアベノミクスが奏功している根幹である以上、訴求力には乏しい。
 ここで欧米ならば生命観や家族観に纏わる概念が遡上に登るのかも知れないが、信仰が政治的主張に結び付き難いわが国には無縁だし、そもそも保守の間に相克は生じ得ない。詰まるところ社会政策的な領域で争点を作るならば原発に収斂されそうだが、こちらは"リベラル"の得意分野であり、反米反基地といった安全保障における「左翼」との親和性が高過ぎるので、現実保守として余りに声高に主張するのは憚られようし、民間労組の離反を益々正当化しかねない。
 結局、自由民主党よりは幾分低所得者層に居依して「分配」を重視する位しか思い当たらないが、二大政党下ならば両極から中道に収斂されるのが常道とはいえ現下は紛れも無い第二党が左に鎮座しており、これでは安保は右、経済は中道社会民主主義たる曾ての民社党が現実的である分、判り易い先鋭的な主張たり得ず、自民・社会の両極の間に埋没した二の舞が容易に想像されよう。
 ならば思い切ってより新自由主義の側にウイングを振り、外交・安保に異論のある層も切り捨てて純化路線という荒業も考えられるが、そうすれば最大の支持母体たる中道右派の民間労組という票田を丸ごと期待出来なくなる。勿論、当面国政選挙が無く、次回となる19年参院選が憲法改正のひとつの契機であり、同時に統一地方選と重なる12年に一度の"亥年現象"と呼ばれる自民党に不利な条件が重なるのであれば、敢えて補完勢力を嗜好するのも試みではあるが、その戦略で"ゆ党"を目指した維新の末路は意識せざるを得まい。そもそも立憲が判り易い須く反対で脚光を浴びよう中に、中途半端な立ち位置でマスコミと無党派層の白い眼に一年半も耐え得るだろうか。
 悩みだけは新進党よりも遥かに深い。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/3593-5eadaadb
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad