コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月26日(木) 素敵なSHOWの始まりだよ  -車・バイク - 自動車・バイク関連ニュース-

i136.jpg  選挙が終わればモントリオール、よりは大分近くはなったものの、選挙が終わればモーターショーとは忙しない。
 ここ数回の思い切り現実的、商売重視で直近の新型車ばかりが並ぶ姿に比べれば、少なくともMIRAIならぬ未来の自動車社会が描かれているのは事実だとしても、動力源を争っても資源戦争には有益でも視覚的な奇抜さは追及されないし、自動運転は未だ開発途上とあればどうしても仮想現実の映像に頼らざるを得ない。
 所詮はヴーチャルだから体験コーナーと謂えども個人に集約され、二階に登ればヘッドセットを付けた大量の観客がポールポジション擬きに興ずる、マトリックスの廉価版の様な光景が繰り広げられていたが、かく共同幻想を以て「ネオンの輝く素敵なSHOW」を共有したと評するのには無理があろう。
i137.jpg  元よりドラえもんの様な、率直に言えば如何にも「お金注ぎ込みました」感満載のトータル・コンセプトや年々減少していく見目麗しい女性のパフォーマンスは必ずしも必須アイテムとは思えないが、矢張り動かないコンセプト・カーでは、移動手段の見本市として些かカタルシスに欠ける感は否めまい。
 恐らく今後嫌が応でも自動車は、好事家の嗜好品から公共交通に近似する要素を増大させていくことになろう。その中で単なる「足」以上のプレミアム感が持続している内に、本来の移動体としてのイノベーションを醸し出さなければ、単にコストパフォーマンスのみでしか審判を受け得ない、現下の電化製品と同様の運命が待ち受けていないと、誰が断言出来ようか。
 この文脈からすれば、最新技術と超高級車と次世代バス・タクシーという取り合わせは、まさに自動車の未来の断面を象徴する見本市に他ならず、逆に言えばアミューズメントとしての自動車の代名詞であり、モーターショーなるイベントに本来は最も相応しかった筈のレーシングカーこそが、微妙な居心地の悪さを主張している様にも見える。
i138.jpg  或いは嘗てのフィギュア・スケート宜しく、人間がAIによる運転を如何に忠実に再現出来るかを競う、「規定」演技の如く競技が生まれるのかもというのは未だ質の悪い夢想の域を出ていないが、幸か不幸か五輪目前の次回二年後は会場の都合で分散開催を余儀無くされると聞く。ならばだだっ広い空間で自動運転の模擬実演等は当然視野に入り、一方で単体としての自動車へのスポットライトは益々小さくなろう。それが晴海以来の歴史と伝統に則り、多くの好事家がイメージするところの「モーターショー」の末裔として望ましいのかは別の話しであったとしても。

 二年連続ともなると広島優勝のプレミアム感も大分薄らいではいるものの、それでも尚何と無く気まずい横浜出場の日本シリーズを前に行われたドラフト会議には、又しても日ハムの天下が訪れた。
 確かに地方創世にはもってこいかも知れないが、今や本家広島を差し置いて、日ハムの十八番となった売り喰いを、スポーツ・ビジネスの確立たる美名の下に天の配剤が助長している様で、釈然と出来ない。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/3587-d0411296
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad