コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月9日(日) ふたつのピアノ  -育児 - パパ育児日記。-

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 ウルトラマン前夜祭の会場として名だたる杉並公会堂には小学生時代に訪れている筈だが記憶は無い。元より覚えていたとしても公会堂自体が2006年に建て替えられているから、足を踏み入れるのは初めてである。
 恒例のピアノ発表会は収容千名を超える大ホールではなく地下の小ホールで行われるので寧ろ昨年の四谷区民ホールより小さいが、二年連続で流浪の旅に出たのは手近な座・高円寺の人気が高まっているからだろうか。
h957.jpg  一旦10時にリハーサルに赴き席を確保して引き揚げる。祐旭が中学生になった昨年から兄弟揃って第二部に移管された上に、最早二人とも重鎮の域に近付いているので登壇は17時台になる。
 今般の大きな特色は二人ともマリンバのソロが加わったことで、元より撥を複数抱えた本格派には到底及ばぬ余儀とはいえ、公資の「アメリカンパトロール」とカステラ一番でお馴染み、祐旭の「天国と地獄」は何れも自宅練習が叶わないので、却って聞き慣れていない父母の耳には新鮮だった。
 続いて真打ちのピアノは、公資はグリーグの「ノルウェイの旋律」と「パック」というこの種発表会では定番モノだが、後段一瞬脳裏が真っ白になった様で完全に両手が止まって仕舞ったことを大いに悔やんでいた。マリンバでも二人ともリズムに追い付かなくなったりと小ミスは頻出していたが、わが子に限らず皆一様に明らか顔色が変わるので、たとえ楽曲的には目立たなくても失策が判明して仕舞う。確かに能面クラツーラの如く冷徹であるよりは、若人らしき正直さが垣間見られた方が微笑ましかろうが。
h958.jpg  一方、毎度わが道を行く祐旭は「威風堂々」と聞けばクラシックの王道には違いないが、実はピアノジャック・ヴァージョンのため今年も異彩を放つ自由課題と言えよう。
 しかも太鼓腹の弟、ではなく太鼓の教諭を従えてのこちらも新機軸、股に挟む箱=カフォンとミニ・シンバルに彩られ、激しくリズミカルに演奏が繰り広げられる。わが家での演習では時に公資が膝を叩いて代役を努めていたが、なる程父も客演に臨みたかったと思わせる趣向である。
 二度のグリッサンドを超えてからは身体を左右にスイングさせ、最期の打鍵をしてやったり感満載の表情で締めたのだから、本人としても上出来だったのだろう。
h959.jpg  して毎度の連弾は、恐らくこれが杉並公会堂になった最大の利点であろう、実にグランドピアノが二台配置され、通例の狭いながらも楽しいピアノとばかりに肩寄せあっての演奏から、少なくともメイン奏者は解放されるのである。相互に手元が見えないため休符が多いと"せーの"でタイミングを合わせ難いデメリットこそあれ、わが家も文字通りの三連弾が成立した。
h960.jpg  ただピアノにマリンバで既に足の踏み場も無い教諭のレッスン部屋に、無理矢理電子ピアノを挿入して本番に近似した環境を整えた意気込みには大いに敬服するものの、残念ながら折角の二台利用が文字通り共振していたとは言い難い。
 そもそも日本国憲法並みとの表現は剣呑だが、お題は所与の「展覧会の絵」であり、著名な「プロムナード」から今更改題も出来まい「こびと」までの流れは確かに連弾向きと言えなくはないが、嘗て 「テクノポリス」に興じた様に選曲にも関与出来ればとの一抹の遺憾さは尚更残ったろう。或いは次回は星野源氏宜しくマリンバも加えて「ファイヤークラッカー」なぞと妄想は膨らむものの、練習に費やす負担に鑑みればこれが現実的な選択なのかも知れない。
 「展覧会の絵」は後続部隊が続いたが、何故「ナットロッカー」が現れないのかと壇上で訝しんでいたのはプログレ・ファンでも無いのに思い切り錯覚であった。
 花束を戴き父のお仕着せ記念撮影を経て退散する。さて公資が受験生となる来年もブラザー参画は成立するだろうか。

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