コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月25日(火) 譬喩と演技  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h888.jpg  怒濤の四月が漸くひと山超えて黄金週間まで余すところ数日、強靭な派閥の講演会を拝聴する。出遅れて座席も確保出来ず、正直に言って余り抑揚の無い淡々とした内容に聞き流していただけで、米寿の金馬師匠の落語がお口直しの感があったが、同じホテルでの懇親会にて呑んだくれている内に事態は風雲急を告げていたのである。
 勿論、言葉狩りを憂うには余りに直裁な物言いには違いないが、そもそもがお経読みに近い講演の中で数少ない本人の声が伺えた部位が失言に帰結するとは皮肉であろう。
 嘗ての「生む機械」や「暴力装置」にも多分にそのきらいはあったが、詰まるところ話し言葉を活字に起こした際の印象の相違が作用している要素も小さくはないし、かく鵜の目鷹の目で狙われては当意即妙なアドリブの面白味は益々望むべくも無くなるだろう。
 何よりも敢えて譬喩的な言葉を用いるには相当な注意を払わなければならないのでは、再三述べている様に椎名外相が「米国は番犬」と豪語したのを指摘され「番犬さま」と訂正して議事堂が笑いに包まれた様な光景は二度と訪れまいし、長ずれば言論そのものの減退に繋がりかねまい。今般発言の非を充分に認識しつつも、敢えて警鐘を鳴らさざるを得ないのではないか。
 しかしながら永田町周辺居住者としては注意力散漫以外の何物でも無かった。この点に付いては猛省したい。

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