コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月15日(水) 全民労協の香り  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h854.jpg  75年のスト権ストの記憶が無いのは既に小学生になっていたとはいえ東急沿線で国鉄とは縁遠かったからだろうか。それでも十数年前までは鬼の動労の末裔なのかは定かでないが、集中回答日を大幅に過ぎてなお千葉方面は賑かしかったものである。 時の流れは残酷なもので、今や永田町界隈に現れる筵旗も、ウルトラソウルならぬウルトラレフトの方々は健在であっても反原発より遥かに本数少なく見受けられる。
 元より産別労組の意義を否定する謂われはないものの、曲がりなりにも労働側をベースとした前政権時に比して、三年連続のベアのみならず着実に賃上げが行われているという意味では、言葉の良し悪しを別とすれば「官製春闘」たるレッテル付けも必ずしも間違っているとは言えまい。
h855.jpg  そもそも鉄が隔年となって久しく、重電・弱電ともに経営は国境も跨いで優劣が明瞭となった今は、専ら自動車が春闘の牽引たる機関車の任を務めるスタイルが定着しつつある。想えば80年代から春闘のリード役を担ってきたIMFーJC改メJCM自体が総評、同盟、中立労連の枠を超えて「金属」として共闘することに価値があった時分の産物であり、カウンターパートの日経連が経団連に糾合されたのと同様に、連合が所与のものとなった現在、こと春闘の局面においては歴史的使命を終えたとも言える。
 ただ「官製春闘」であるならば寧ろ対峙するよりは内なる改革を志向すべく労組から政権へのアプローチがあっても良いだろう。既に原発の是非という政治的イシューを抱えているとはいえ電力は労使相手を携えて党派に囚われない支持・支援に切り替えており、JCMに限らず須く民間労組も官公労とともにアプリオリに中道左派政党と一蓮托生を続ける必然性は感じられまい。
 それが安全保障政策では自民党より右と言われた嘗ての民社党の様な形を採り得るのか、 旧社会党が相当数存在したからこそ「自公民」の枠組みが成立し得た数の論理に照らす限り方向性は見えないが、奇しくも確定申告〆切と同日に、年中行事と化したご説明行脚の今年も末端を担いながら夢想する。

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