コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月2日(木) Far East Man  -音楽 - 音楽-

h843.jpg  電子音楽の方法論を用いながらも取り分けライブにおいてはフュージョン色の濃かったYMOは、81年のアルバム『BGM』以降テクノポップからミニマルに近い、現在の感覚におけるテクノへと変貌していくが、その過程においてはニューウェイブとも言うべき一時期がある。最大の要素はギターの有無であり、ニューウェイブ期の『増殖』は全編が大村憲司氏によって彩られている。
 逆に同時期の大村氏のアルバム『春がいっぱい』はテクノポップたるYMOの影響を多分に受けており、数多YMO周辺のアルバムの中でも今も私のお薦め十選の地位を降りることは無い。
 ただ先月発売された「大村憲司のギターが聴こえる」を読みながら、改めて『Kenji Shock』を筆頭に発掘された後年のライブや幻のバンド・カミーノはじめ演奏を通聴してみると、ジャズやブルースが基盤であって寧ろ『春がいっぱい』のポップ性が氏のキャリアの中では異質であったことが伺える。
h844.jpg  そもそも自らがコード弾きしか出来ないが故と相俟ってギターという楽器自体に愛着が少ない上に、平たく言えばギタリスト・大村憲司が個人的に好みの範疇にある訳では必ずしも無いのだが、 World Hapinessをはじめとする一連の再々生YMOにおける小山田圭吾氏の、効果音に徹しながら処々不協和音を醸し出しているプレイを耳にしているだに、大村氏の音程すら超越した装飾音のメロディとバッキング双方のキーボードへの埋もれ加減の巧みさが、今更ながらに思い起こされるのである。49歳での急逝から来年ははや20年になる。

 こちらは天寿を全うとした域のかまやつひろし氏。主なGSメンバーよりは半世代ほど上にあたるが、スパイダースの「No No Boy」は今で言うシティポップの趨りと位置付けられて然るべきである。
 惜しむらくは年を追う毎に安易にフォークに流れて仕舞い「僕は待ってる」世界の秀作は奏でられなくなったことか。合掌。

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