コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月25日(水) 一年を三十日では過ごさない  -スポーツ - 大相撲-

h807.jpg  新横綱・稀勢の里の誕生を忠心よりお祝いしたい。そもそも優勝経験の無いままに昇進した双葉黒の廃業に至る不祥事以降、横綱昇進の条件が実質的に異様に厳格化され、本来「二場所連続優勝、乃至はそれに準ずる成績」の要件が、90年の旭富士以降は八代連続で「二場所連続優勝」を摘要されていた経緯に無理があったと言うべきだろう。
 協会側も些か焦りを覚えたか、三年前の鶴竜が漸く優勝同点、優勝での昇格となったが、旧に復すには今般は寧ろよい契機になったのではないか。
 稀勢の里は大関昇進の際も慣例たる三場所33勝に満たないとの批判があったが、これとて嘗て三場所目の優勝を考慮された長谷川、優勝に次ぐ11勝で三場所前の負け越しを不問にされた魁傑らの30勝昇進に鑑みれば、数字による外形標準にのみ固執して将来性を閉ざして仕舞う蓋然性を今一度顧みるべきであろう。
h808.jpg  実際今般も次点とはいえ二差に続いての全勝を逃しての初優勝とは、横綱審議会への諮問を見送られても文句は言い難い成績とはいえ、例に挙げて申し訳ないが低迷から一転して二場所連続優勝で横綱昇進を果たしたものの、名大関で終わるべきだったと後に語られる琴櫻の様に、単に直近二場所だけの瞬発を以て判断すべきか否かが問われていたとも言える。
 勿論、国技であるからには日本人には少々甘くてもという暗黙の合意に裏付けられているのを割り引いたとしてなお、新たな指標として「年間最多勝」という外形的な裏付けを加味する苦肉の策は、結果的に従来の「二場所~」のみに拘泥しない、多面的評価を斎す大袈裟に言えば画期的な大相撲改革ではなかったか。
 だからこそ新横綱の責任は重いが、新入幕から73場所と亡き師匠、隆の里同様の遅咲きも相撲に限らず凡ゆる競技年齢、就くピーク年齢が上昇している中で、逆に新時代の力士の生き様を是非示して欲しいではないか。

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