コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

10月27日(木) ネズミを捕ろう  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h730.jpg  パーティにはたとえ主役本人と面識が無かろうと、来賓の顔触れや挨拶の内容を以て、下世話に言えば値踏みする為にも一度は覗くべく心掛けている。些か特異なロケーションであると割愛せざるを得ない事態も屡々だが、漸く初の御目文字が叶ったのが民社協会のそれである。
 今年は大内、米沢の両元委員長が鬼籍に入られと反芻しながら遅参すると、登壇されている御仁には見覚えがあるではないか。大分と老けてはおられるが塚本三郎氏に違いない。 政治フリークとしてはわざわざ足を運んだ甲斐がの感はあったが、個別業種の労組よりは愛知民社という特異な出自を背景として、「理屈は後から貨車で」の春日一幸氏をバックに党官僚出身の大内啓吾氏を従え、満を持して委員長に就任しながらリクルート事件に足を救われ、晩年は自由民主党からも出馬した塚本氏は、民主社会主義の現実政党としてスタートしながら迷走を繰り返さざるを得なかった民社党の歴史をまさに体現していよう。
 ただ自民より右と言われた安保政策や、政治闘争を廃し労使相手を携えるべく穏健な組合主義といった民社党と支持母体たる同盟の路線は、現下の政権に相通ずる要素は少なくないとも言える。
 にも拘わらず官公労との同一歩調に埋没し、 山政道以来の由緒正しきとはいえ実情はOB会の如く政治団体にのみその名を留めるに過ぎない悲劇は、「民」をディフォルメしたシンボルマークが恐らくは労働の表象たる鎌を内包しているのだろうが、誤解を顧みず述べれば恰もハーケンクロイツを連想するアナクロさに象徴されているのではなかったか。

h732.jpg  民社党が歴史を終えたのは94年、合流した新進党が僅か三年で解党し、一旦新党友愛として復活するも程無く今度は民主党に糾合されたのは、既に同盟も総評とともに連合傘下に納まっていたから他に選択肢は無かったろう。
 だが"社会的な自由"を所謂米国的なリベラルでなく護憲の軛からの自由と読み替えれば、寧ろ新党友愛は同時に生まれた自由党に親和性があり、現に旧民社出身ながら自由党に合流した議員もいたのである。
 勿論、旧社会党左派から更に共産との共闘を掲げる以上、旧名称に復した自由党が嘗ての「グランドキャニオンには柵がない」リベラリズムに素直に回帰するのは難しかろうし、世間も認めまい。
 それでも「生活の党」という如何にも左翼的なネーミングからの別離は名は体を表す作用を齋すであろうし、良くも悪くも政労使一体のコーポラティズム的な現況に再び経済的自由主義の立場からアンチテーゼを掲げるのならば、昔の名前を探してくれる"貴女"はまだ見出だし得るのではないか。

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