コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月26日(金) 新しくて旧い歌謡曲  -音楽 - J−POP-

h651.jpg  通販の利便性以上に購入履歴からお薦めを推奨されるアマゾンの機能は、個人の嗜好性という極めて秘匿性の高い情報が日々集積されているという意味では不気味だが、利便性に富んでいるのは疑い無い。
 取り分け音楽の様に、論理ではジャンル分けし難い分野においては、恐らくは数値による裏付けが為されているであろう連関が、大半は視聴込みで提供されるのは有用な情報に他ならない。
 何しろ一概に「シティポップ」と言われてもフォークやカントリーに近いものからダンス、テクノ寄りまで幅広く、細分化したとして実際のところどれが自らの感性にヒットするかは当たらぬも八卦で、だからこそ嘗ては視認し得る唯一の要素を以て「ジャケ買い」なる博打が大手を振っていたのだろう。
h649.jpg  元よりプロデューサーや歌い手という明確なメルクマールに基づくポップアップは判り易く、例えば一十三十一氏に関与し続けているクニモンド瀧口氏の手掛けたUko『Saturday boogie holiday』は即刻購入して想定以上にストライクであったが、大半はレンタルを駆使して数打ちゃ当たるに努める他は無い。
 結果的に"乱聴"の中から好評価を得たsugar's campaign、Shiggy Jr.、ORLAND、The Oto factory、Lucky Tapesと並べてみると、今度は逆算して自らの嗜好が伺えて興味深い。即ちクニモンド系のポップ/ソウルの王道スタイルの含有する要素の中で、シティポップの分類で筆頭に掲げられそうなシュガー・ベイブから更にフォーク寄り、よりは存外に踊れるトラックに魅せられていることが判る。
h650.jpg  勿論そこにはギターのカッティングより鍵盤のコード弾きたる自らの演奏家資質に由来する好悪、或いは女性の金切り声は許容出来てもか細く高い男性ボーカルは受け付けないといった生理的と言うべきか、メロディそのものの可否だけに留まらない部分も関与していよう。
 正直なところフロントに立つのが女性であれば、その容貌の支持への介在を全く否定はしないものの、声質の重要性は今般sugar's campaignの新作が些か策を弄し過ぎに響くのもゲスト・ボーカルの選択に依ろう。
h654.jpg  だからこそ身に染み付いたテクノの記憶とともにトークボックスによるホース声の方が寧ろ親和性があるのだが、思えば20世紀には歌謡曲フリークを自認していたにも拘わらず、随分とニッチな路線に舞い込んだものである。ただ若き日に刷り込まれた80年代歌謡の弦を幾分ニューウェイブ チックなシンセ仕様に、リズム隊をクラブ風味に味付ければ詰まるところ著しい相違は無く、ヒット曲の最大公約数の方がメロディの複雑化と単純化というロングテールの追求により様相を異にしただけなのかも知れない。
 その帰結として、万人の耳に馴染む大衆的な楽曲としての歌謡曲という総合ジャンルは既に架空の存在と化し、アイドル歌謡やラップの類と並走乃到は微妙に重なり合う狭間にシティポップも位置付けられ、中でもより大衆性を獲得した楽曲の担い手が齊した要素が新たな歌謡曲の血肉として糾合されていくのだろう。嘗てのニューミュージックの様に。

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