コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月11日(祝) 泣くのが嫌ならさあ通れ  -地域情報 - 東京23区-

h638.jpg  鉄道にしろ自動車にしろ、乗り物そのものよりもその行路に関心を抱くのは都市の変遷に直結するからだろう。逆に言えば空港や港といった居留地はいざ知らず、行程自体を目視し難い海や空は研究対象としての価値は小さくなる。
 かく理屈立てしても結果として現れる行動は所謂"鉄道フリーク"と大差無いのは、「乗り物ニュース」を有り難く拝んでいる時点で否定し難いが、敢えて言えば今般珍しく水に牽かれたのは、それが確立された水路であるという点で論理は一貫していよう。
 西部に住んでいると東京がバンコクに比類する水の都であることは仲々実感出来ないが、戦後都心の多くが水路から道路へと転換されてなお江戸期に源流を持つ水運は健在であり、同時に水利とその裏返したる水害対策としての河川管理は今もなお進捗を続けている。
h636.jpg  とはいえ隅田川と旧中川を結ぶ小名木川に運河が存在する事実すら「乗り物ニュース」にて初めて知ったが、限定公開と言われるとこの機会を逃してはと意気込むのは人間心理であろう。
 下町のパナマ運河の異名は些か大袈裟としても、河床の低い小名木川への水運を確保する為に設けられたのが扇橋閘門であり、隅田川方面から訪れた船が閘門に入ると水位が下がり、東側のゲートを開けて旧中川方面に進んでいく。
 程無くその船が折り返してきたのには驚いたが、わざわざ閘門体験の船運ツアーがある模様で、水がゴボゴボと吹き出して水嵩が増す後者の絵柄の方が迫力があろう。
h637.jpg  ただ解説を拝聴しつつ約一時間強に運河を渡ったのはツアーの二隻のみであり、元より恒常的に貨物船が往来しているとも思い難いとはいえ、かく立派なギミックを維持しかつ観光目途に無償通行させるコストが、災害時の代替航路たるメリットに見合うのかとの疑問は残る。
 しかも旧中川との境に存在する同趣の荒川ロックゲートの竣工が2005年と聞けば、片側にのみ閘門を戴いた四半世紀強の間は如何なる運用が為されていたのか、天下の副将軍にも謎は膨らむばかりであろう。
 しかしながら理系チックな祐旭なら興味を覚えるのではとの思惑は見事に当たり、夏休みの自由研究にはドンピシャリでもお題自体に見合わなければ致し方無いものの、土木技術としては高度に違いなかろうし、何よりも視察対象として単純に面白かった。実際、公開初日とはいえ山の日にも拘わらず思いのほか賑わっていたのも事実である。
 隅田川の屋形船のみならず東京湾に至るクルーズ船も好評を博している様だから、勝鬨橋が再び開門するには及ぶまいが、旧河川局も水運マニアを増殖させるべく文化としての水路との視点を是非プレイアップして戴きたい。

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