コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月31日(日) きっと貴方は戻って来るだろう  -海外情報 - オーストラリア-

h609.jpg  開場前に早々到着して一家から責められることの少なくない父だが、ツアーにも拘わらずオープン30分前にバスから放り出されるアバウトさは南国仕様に他ならない。
 ただおかげで隣の軍事博物館前に鎮座する戦車との記念撮影にも預かり、朝一番で人気の少ないTjapukai Aboriginal Cultural Parkに入場出来たのだから早起きは三文の得には違いない。
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 早速、総員顔にペイントされスケジュールに則ってアボリジニの歴史を拝聴するが、如何せん日本語だらけのケアンズには珍しく英語に限られ、部分的にしか理解出来ないのは情けない。しかしながら単なる民俗資料館かと侮っていると敷地は遥か奥深く、草原のなか昨日も拝聴したディジュリドゥの音色をベースに繰り広げられるノリの良い民族舞踊に預かった後は、混雑の前にこれも連日のブーメランである。
 ところが継続は力なりなのか、或いは俄かバレーボーラーの成果か、本日の祐旭の投擲は見事回転して帰還するではないか。動物園にしろ文化体験にしろ同じ趣向に再三巡り合うのは観光資源のバリエーションの少なさを表してはいるものの、逆に二度目だからこその昇華を体感するのは望外の産物であった。残念ながら成長の足跡を残せなかった公資が「球技経験はあるけど足だから」と自ら解説していたのには負けん気の強さが滲み出ていたが。
h612.jpg  更に昨日は鑑賞のみだった槍投げにも挑戦し、ブーメラン塗りに及んだところで、暫し父は単独行に入る。昨日スカイレールに赴いた際にも垣間見た Australian Armour & Artillery Museumに再び出会し、しかも自由行動とあらば最早彼の地が呼んでいるとしか思えまい。よく見ればスカイレールの跳ぶロープ下と、アボリジニ館の遊戯場と、軍事博の演習場が三者対を為してなだらかな山裾を巧みに活用する構造になっている。
h627.jpg  思えばグアムパラオから愈々赤道を超える道程も、ここ豪州大陸本土こそ若干の空襲に至ったのみとはいえ、激戦地東ニューギニアは往時のオーストラリア領に他ならない。その歴史を裏付ける様に戦車ばかりの展示の一角には、皇国の強者達が遺したであろう日の丸をはじめとする品々が飾られていた。
 チケットを忘れても再入場可かと一瞬躊躇したが、顔面の文様が雄弁に支払済を物語っており、未だ途上のブーメラン塗りにとって返すと謳い文句のペイント指導付きが純然たる自主学習状態に移行していたのも南洋モードか。帰路はわが家のみとなり行きは客層に合わせてか片言だった運転手氏が、実は日本語ペラペラだったのには驚いた。ケアンズで内緒話しは厳禁である。

h615.jpg  市内のプールは残念ながら改装中のため、午後はホテルのプールでリゾート気分を味わうが、常夏に近いとはいえ冬季のケアンズに、父はジャグジーに入り浸りであった。
 昼食は漸く都市型リゾートらしいと言うよりはわが国にて既に見飽きた造詣のショッピングモールに闖入し、プールを挟んで再び散策に及べば、ホテルと飲食店、かの大橋巨泉氏のOKストアはじめ土産物屋が格子状の街路に並び、東端は程無く海なので街の歩き方を把握するのに時間は要さない。
h617.jpg  三日目ともなると名残惜しくなるもので夜まで活動を続けたが、夜行性の動物探索と聞いてナイトズーの如くをイメージしていたら、群生する大量のワラビーを懐中電灯で照らして拝むだけとはロハのツアーらしく些か寂しい展開だったが、初日に続くガイド「ピーちゃん」氏の巧みな話術で厭きさせないのは立派である。
 そしてそのまま海辺に移動し、南十字星をはじめ南半球の、天然のプラネタリウムに肖ったのは得難い経験であった。ウルトラマングレートでは月に帰るのは南夕子ではなく北斗だったのかも知れない。

 この日、わが国では東京都知事選の投開票日。結果に触れた公資は「父は悲しんでおります」とビデオに解説していた。

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