コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月13日(水) 21勝11敗  -政治・経済 - 選挙-

h573.jpg  結局、参院選は最初から最後まで全体情勢は変わらずのままだったと総括出来よう。勿論、個別の選挙区にスポットを当てればあと一歩及ばずから日に日に差が開くまで過程は様々だが、少なくとも東北における与党の完敗は目を覆わんばかりであった。
h574.jpg  そこには確かに農業改革とTPPの逆風もあろうし、震災の傷跡と類推される沿岸部の伸び悩み、また減員区も大きな要因として挙げられようが、詰まるところは従来通りの候補者選びが通用しなくなった証しではなかったか。即ち与党の金城湯地だからこそ近代化を迫られず、県会議長まで功成り遂げた御仁の上がりポスト扱いは何れも討ち死にし、逆にこれまで劣勢だった「西」では若手を擁立して終始リードを保ったままゴールを迎え、西高東低を具現している。
h575.jpg  恐らく牙城であった関西における民進の退潮も、維新という特定のファクターこそあれ同様の分析が成立するのではなかろうか。 面白いのは会津には未だ「長州の総理では」との声があったとの指摘で、元より薩長土肥と朝敵の構図に全てを帰するのは短絡的であったとしても、確かに青森、山形、宮城、岩手、福島、更には新潟、長野と並べてみると、かの93年の保守分裂が未だ尾を引いていることは確かで、藩閥政府に虐げられた歴史が非自民乃到は反権のエネルギーを生んだとの解説も強ち否定は出来ないのかも知れない。
h576.jpg  だとすれば既に現職ひとりのみとなった、五分の四が東北で残る首謀者も数少ない西低に至る三重であった新党つばさ、ならぬみらいの亡霊もまた霧消していないということだろうか。

 企業の研修では功利的な現実主義者として孤立感が否めなかったが、大学時代の友人に混ざると守旧頑迷な現実肯定論者と責められる。
 古式ゆかしい集団体制と非日本的な合理主義を足して二で割った中庸を求める調整よりも、理想を追う過程に意義が見出だされるのだとしても、結果が伴わなければ風呂屋の釜ではないのか。

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