コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月22日(水) 一番ぢゃなくても  -政治・経済 - 選挙-

h541.jpg  遂に告示を迎えた第24回参議院通常選挙において特筆すべきは各党の提出した比例の名簿であろう。元より非拘束式であるから本来は掲載の順位は何等当落に影響を及ばさない筈だが、第一位を占める候補者が圧倒的に有利であることは、所謂「ア行効果」として既に実証されており、例えば前日ハム・ヘッドコーチの阿井英二郎氏が出馬すれば20時に当確などと喧伝されていたのである。
 今般も自由民主党の25番目に名乗りを挙げた候補者がそれに該当し、スワ名前で選ばれたかなどと騒がれたものだが、蓋を開けてみるとア行には全く関係の無い御仁が冒頭に並んでいるではないか。
 よく見れば一票の格差是正の為に合区を余儀無くされ、選挙区でなく比例からの擁立となった二人の候補者であり、合区騒動の際に執行部が代償とした「優遇」が空手形で無かったことが実証されていた。
 他党においても党首や参議院代表者を優先したりと、六度目にして漸く非拘束名簿式における選挙戦術が確立されてきたということか。
 結局野党の「オリーブの木」は成立せず、馬鹿正直にアイウエオ順で並ぶ民進が"民主"的ではあるものの、却って芸の無さを感じさせる始末だった。

 つい先日まで「さわらび会」という派閥横断グループを率いて影響力を見せていただけに鳩山邦夫氏の急逝には驚いた。
 四代目のプリンスは無所属新自由クラブ推薦での初当選から自民入り、細川連立政権の誕生する93年に離党し新進党から「兄弟船」で民主党を設立も、都知事選に出馬落選して御殿のある文京区を去る。以降はブリジストンの本拠福岡に選挙区を移して自民復党、野党時代に離党してまた復党と、政界再編から政権交替の混迷を象徴する様な足跡だった。
 祖父・一郎氏は日本民主党を率いて吉田政権を打倒した後、保守合同で自民党初代総裁となっているし、兄・由紀夫氏は同じく93年に離党してさきがけから民主党政権を担ったのは記憶に新しい。
 一方、父の威一郎氏は大蔵次官から自民党参院議員を全うしている。五代目に血は受け継がれるのだろうか。

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