コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月17日(金) 貨車は何処に  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 旧民社党も現職は川端達夫氏や高木義明氏、後継の新党友愛を含めても落選中の城島光力氏ら末裔は数名を数えるばかりの中、本年三月の大内啓伍氏に続き米沢隆氏と相継いで訃報に見舞われた。
 両氏は委員長職も相継いで務めているが、その足跡は対照的である。
 大内氏は若かりしより将来を嘱望されたプリンスで、職員がノーバッヂのまま中執(中央執行委員)となる栄逹コースの存在した旧社会党に対し「党官僚」から議員を輩出する旧民社特有のシステムから表の顔となり、選挙区こそ東京だが春日一幸、塚本三郎両氏の輝かしき愛知民社の流れに位置付けられよう。
 一方、米沢氏は佐々木良作、永末英一氏と同様に旧同盟系労組を背景にしている。
 両者の歩みは政界再編の過程で大きく分かれ、米沢氏は新生・小沢一郎、公明・市川雄一の両氏とともにワンワンライスと称され、やがて新進党に名を連ねる。対照的に細川、羽田の両内閣に入閣した大内氏は支持母体の違いからも新進党には加われず、塚本氏ともども政治人生の最期は自民党で迎えることになる。
 即ち、自民党より右と言われた安保政策と文字通りの民主社会主義を分担した形だが、この結末にこそ民社党の存在意義が隠されていたのではなかろうか。
 80年代からの社公民乃至は江(江田三郎)公民に代わる自公民路線の形を違えたひとつの萌芽が新進党であったとの解釈を採れば、アベノミクスの浸透という経済政策を掲げる今こそ、政治闘争に堕せず使用者側と同じ合理性に立つ旧同盟を基盤とする労働組合と手を携えた、新たな自公民が求められている。戦前からの悲願であったナショナルセンターの統一が、万年野党の最大の支持母体たる帰結しか斎さなくなった、連合の側にこそその悩みはより深いのではなかろうか。

 ダブルが回避された余波としては、対象が限られる分だけ余裕が生じ、余禄があれば対応も丁重になる。
 窓口を示して後は野となれではなく、個々の情勢に応じたフォローに努めていると範を越えそうになり幾分の歯痒さも生じる。

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