コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月10日(金) あのひとはもういない  -地域情報 - 仙台-

h527.jpg  朝は経団連での会合に陪席し、その足で仙台へと向かう。今週は福岡、名古屋に次ぐ遠征になるが、微妙な行程の糊代を有効活用すべくわざわざやまびこを選択した。しかもE5系に直面したのを幸いに、思い切ってグランクラスに初搭乗してみる。
 細やかな贅沢とはいえ倍額に近い上乗せ分は自前だが、軽食に飲み放題と言われても午前中からアルコールに溺れる筈も無く、ガラカラの車内は視察に値する物珍しさには欠けている。
h529.jpg  元より函館まで一気通貫でも四時間だからフルフラットの必要性には乏しいものの、既に787の王様シートに耽溺した身の上には、電源すら存在せず、手元に資料を仮置きするスペースも無くては作業環境として中途半端と言わざるを得ない。
 検札廃止で足並みを揃えて来たJR東海との数少ない差別化、優位性の発露には違いなかろうが、結論としては大枚を叩く誘引には欠けること夥しかった。

h528.jpg  福岡には及ぶべくも無くとも仙台もまた片手以上は足を運んでいる。20年以上前、広報マン時代には徒歩で幾ら登れども城の欠片も現れず、「広瀬川~」と唄う気力も消え失せた記憶があるが、皇族や維新の元勲、軍人を除けば極めて希少な戦後政治家の銅像に未だ対面していないとは、永田周辺居住者として猛省しなければなるまい。
 厳密に言えば城趾と言うよりは旧陸軍第二師団に付随する護国神社に寄り添う形でひっそりと愛知揆一氏は佇んでいた。
 吉田十三人衆から佐藤派五奉行を経て、田中派七日会の知恵袋とも称された政策マンたる愛知氏が現職蔵相のまま急逝しなければ、或いはオイル・ショックによる狂乱物価をものともせず列島改造に邁進し続け得たのか、些か木が生い茂り柔和な表情が何を云わんとしているのかは読み取り難い。
 本題の大衡村における要人お出迎えを恙無く終え、元より製造工程に全く明るく無い境遇には宝の持ち腐れたる即席の工場見学にも預かり、所期の目的も行き掛けの駄賃も、充実した一日だった。

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