コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月6日(金) 職にあぶれる六代目  -映画 - 映画感想-

 TVと映画のメディアミックスと言えば衰えたりと謂えどもフジテレビの十八番だが、服部隆之氏の印象的なテーマを友人の御成婚二次会の冒頭入場曲に流用した時系列に鑑みる迄も無く、既に15年の命脈を保つ「HERO」は矢張り名作だったのだろう。
 先のTVシリーズはヒロインの世代交替で若年層への浸透を期していたが、松たか子氏の復帰した今作を見て改めて、複数の男女が付かず離れず織り成すトレンディドラマの基本構造に準拠していたことが伺われた。
h502.jpg  ただ基軸が恋愛にありかつ木村拓哉氏のキャラクターへの高依存度に鑑みれば、今回もまた余韻を残した大団円とはいえそろそろ引き際の美学というところか。

 同じ連作とはいえ異なる俳優が同一ヒーローを継承出来るのは、万世一系の元首を戴かない欧米若しくは大陸的感覚に起因していると言えば大袈裟だろうか。
 寧ろ俳優独自の個性の投影が肯定的に受け止められているのは、ダニエル・クレイグ氏を迎えて以来の007が、冷戦の崩壊や大英帝国の汎欧州化によるヒューミント活動の意義の低下たる現実と相俟って、矢鱈と諜報員の悲哀ばかりクローズアップされる深刻さを、新機軸に掲げていることからも伺えよう。
h503.jpg  ただ組織内の対立よりは個性豊かな脇役陣との掛け合いの妙が007の魅惑であって、何よりも笑いの要素が著しく喪われた反省乃至は反動からか、最大の敵役たる「スペクター」の名を戴いた近作は半ばセルフパロディの如く味わいも散見された。その分単純に楽しめる替わりにシリーズものの呪縛もまた明らかになった形だが、偉大なるマンネリであっても末長く"殺しのナンバー"に従事して戴きたいものである。
 [追記:結局、クレイグ氏は降板しまた新たな007の個性が模索されることとなった]

 連休の狭間の本社出張、品川発6時ののぞみに乗れば、9時の打ち合わせに滑り込めることが確認された。しかしながら駅から走らなければならない。辛い。

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