コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月25日(金) 笑顔の行方  -育児 - パパ育児日記。-

h431.jpg  卒業式で泣かないと冷たい人と言われそうと唄った斉藤由貴氏も家康の年上にしか見えない妻になって仕舞ったが、自身振り返っても卒園式は忘却の彼方、小学校は一年だけの馴染みの無い土地だったし、中学は一貫校に持ち上がる形ばかりの通過儀礼、高校はそもそも受験シーズン中で総員の半数も揃わないので記憶が定かでない。
h432.jpg  僅かに大学紛争以来空かずの間だった安田講堂の解禁記念を兼ねていた大学のそれこそ物見遊山としては印象にあれ、四月になればここへ来て、などと物思いに耽る卒業式にはついぞ無縁であった。
 だからと言う訳でも無かろうが、総員百名にも満たない卒業証書の授与も、冒頭とオーラスのみ読み上げで、中間はキセル宜しく恐らくは姓名だけは呼称されているのだろうが音声はマイクにも乗らず、校長氏の風体装束とも相俟って腹話術の人形の如く口パク風情が幾分コミカルに映る淡々とした風景にしか見受けられなかった。
h433.jpg  しかもピアノ伴奏すら配して些か自己陶酔のきらいの否めない校長氏に区長祝辞代読の区職員挨拶、更には大量極まりない来賓紹介と「おめでとう」の連続発声は退屈の域を超えており、大いにムードの削がれるものだったろう。
h434.jpg  道徳の授業で放映される古の教育テレビのドラマ宜しく、総員が代わる代わる述べる卒業メッセージは折々に唄を交えたミュージカル含みで、当然笑いの要素には著しく欠けるものの春はお別れの季節、を演出するには相応しかったが。
 そもそも一旦鞄で飛び出しながら曰く「小学生らしさを現す」為に横並びでスーツにランドセルのコーディネートに改めるべくとって返し、これまで通り友人達と示し合わせて登校する祐旭自身にも湿っぽさは微塵も無く、 寧ろ保護者の如く「祐旭を宜しくお願いします」と送り出していた公資の方が在校生は答辞の五年以外不参加の為か、余程名残惜し気であった。
 終演後は担任氏を囲んだり友人達と写真撮影に戯れる。多くは同じ中学に進む中で少数派の祐旭にとって小学校の記憶は人混みに流されていく中でいつしか消えゆくのかも知れないが、六年間を通奏した「地元」のある限り今後とも友人達と遭遇する機会もあろうし、イコール別離を齊すだけではない卒業もまた味わい深いものではなかったか。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/3354-28e15500
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad