コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月3日(木) ハロー、マイケル  -車・バイク - 自動車全般-

h405.jpg  はや十年ひと昔になるが出向中は毎朝8時からの部会に闖入するのが日課であった。元より陪席者は席取りを見込んでも幾らかの余禄を以て訪れれば済むが、事務方とあらば早朝からの準備を余儀無くされようは必定である。
 立場が変わって説明者の御付きに変ずれば、資料の調整に始まり前日にはプロジェクターへの接続確認と段取りを踏み朝は7時到来、主役を迎えて漸く昔取った杵束の議事録作成マシンに回帰する。

 縦割りと言えば負の響きがあるが、行政・産業として安定期を迎えたからこそ所管も明確になるのであって、逆に言えば各方面から秋波を送られる段階は人気者としての伸び代は見込まれても、それが現世利益化するまでにはタイムラグも生じよう。
 21世紀初頭にプロトタイプがモニター使用的に世に御目見えした水素車は漸く市販の域に至ったが、同じ頃に磁気レールのもと隊列走行として公共交通に準ずる形でデビューした自動運転擬きは未だ実用化の緒に付くにも至っていない。
h406.jpg  勿論、五輪という絶好の舞台をフックとして開発が加速化されるという好条件こそあれ、自立的ではあっても構造上の制約のある自動車相互ならばまだしも、自由闊達で予測不可能な人の動作に相対するには単に制動をプリセットするに留まらず、失策を重ねて自らの体験を通じて学習する叡智を有しなければなるまい。確かに個体の実例を中央にて解析し端末に再送する集中制御ならば経験則は飛躍的に高まろうが、それでも尚独自に進化したクラウド側相互のネットワークから截断する域もまた必要とされよう。
 時恰も今世紀半ばには人工知能が人智を凌駕するとノストラダムス並の大予言が喧伝される昨今、移動の自由という人には到底及ばぬ力を有する自動車がプローブを超えてナイトライダーになる日がやって来るのだろうか。
 その時ナイト2000はアシモフ三原則に返るまでも無く忠実な下僕であり続けるのだろうか、とふと古巣に戻ったが如く安堵感の中にチューブが空中に縦横無尽には駆け巡らずとも、幼き日に学習雑誌に垣間見た未来絵図を夢想してみる。

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