コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月22日(金) 賢者は聞く  -政治・経済 - 政治家-

h363.jpg  古本漁りとSAPIX送迎に伴う土日足留めの相乗作用により、11月が30冊、師走は26冊、明けて今月は既に30冊超と乱読が勢を極めている。
 勿論、野球や相撲、音楽といった読み流せるものも多数含まれてはいるが、一方で政治よりは政策の範疇にある、古本というより古書の表現が妥当な書物にも手を出す中で、今更ながらに通読したのが72年のベストセラー「日本列島改造論」であった。
 国土の均衡ある発展の総仕上げとしてブームを巻き起こしながらオイルショックによる狂乱物価の波に見舞われたことから負のイメージで捉えられがちであり、苫東・むつ小川原といった後代の負の遺産の萌芽が散見されるのも事実である。しかしながら地域振興に関わる言説が旧聞に感じられるのは巧拙は別として大半が具象化されたからとも言え、だからこそ日本改造計画ほどのインパクトは受け止められ得なかったものの、同書のベースとなった自民党都市政策大綱の残滓と言うべきか、補遺の如くに終盤に凝縮された都市政策の項が今もなお手付かずに近いだけに寧ろ新鮮に響く。
h364.jpg  取り分け私権に対する公益の優越が強調されているのは、国土の規模からも大陸の如くに一夜にして更地を設けて白地に絵を描く様な離れ業は望むべくなくとも、虫食い状態で点在する道路用地が無惨にも何時訪れるとも判らない供用の日を待ち続ける姿を、帝都の凡ゆる一等地に垣間見るわが国の有り様を振り返る迄も無く、残念ながら現在も通用する警鐘たろう。
 元より時ならぬ田中角栄本の出版ラッシュは列島改造が描いた高度成長の見果てぬ夢への憧憬たる要素もあろうが、氏のコンピューター付きブルドーザーと称された比類なき主導力と、にも拘わらず同居するトリックスター的なユーモアを、コンプライアンス天国の当代が逆説的に切望しているであろうことは、「まあその~」の物真似が通用する最後の世代としてはよく理解出来る。
 ただ石原慎太郎氏の近作「天才」は些か期待外れだったのではないか。ジャーナリズムではないから新たな事実を発掘する必要性は無いものの、大半が既に多くの著作で目にした旧聞の羅列に留まっており、或いは寧ろ田中批判の側にあった石原氏には新奇に映ったのかも知れないが、想像逞しく角さん本人に成り変わって胸中を吐露する試みには程遠かった。
 裏返せば「よっしゃよっしゃ」も矢張り遠くなりにけり、ということなのだろう。

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