コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月2日(祝) 瑠璃色の地球  -育児 - パパ育児日記。-

h348.jpg  自らの受験生期を振り替えってみると高校三年時は既に自らの勉学日程に応じて登校するスタイルで、学校側も進学実績優先でそれを許容していた記憶がある。
 それでも小六の際は地方で競争率が著しく低かったことからも日常生活の合間に適量の受験勉強擬きに興じたに過ぎないが、今や体調管理の側面からも一月は原則小学校は欠席というケースも少なくないと聴く。
 二月頭の受験ウィークは有休扱いになろうとなるまいと当然に欠勤になることを、日教組的な悪平等主義から非難する教員も流石に姿を消し、義務教育課程においてなお公教育から半ば独立した受験という存在への暗黙の了解は社会通念として成立している。
h349.jpg  ただ祐旭の場合、寧ろ学校が息抜きの場になっているから無理の無い範囲で授業を受け入れており、従ってそれなりに宿題にも勤しまなければならず、正月二日と言えば書き初めが訪れる。
 父に似て毛筆に秀でない二人は悪戦苦闘しておりお題以外の二作品も妻の習作に他ならないとはいえ、些かなりともお屠蘇気分に見舞われ、夜は祐旭を迎えつつ桃太郎寿司豊玉店にて新年を祝し、更にその足で夜半の初詣とわが国民らしき一日、本年も宜しく八百万の神の御加護に肖りたい。

h347.jpg  結局、父は練馬に吉祥寺と自動車通勤者の如き朝夕乃至は昼夕のアッシーくん状態を除けばゴルフすら入らず、文字通りの寝正月で読書三昧だった。
 嘗ては神保町巡りから帰着すると入手した書籍は夜半までかけてもその日の内に読破する勢いだったが、既に一冊を読み遂げる集中力に欠け、政治・野球・音楽・都市変遷といった異なるジャンルの数冊を代わる代わる伏せては手に取り、果ては音楽鑑賞はおろかTVを見つつのながら読みと、堆く積み上がった待機書籍を消費すべく数を稼ぐのが主眼になって肝心の脳内へのインプットには不効率になっている。
 そもそも加齢に伴い新たな記憶を得る意欲に疎かになっている訳では無いのだが、読み返しによる自然入力に頼るには寧ろ貪欲に情報量を求め過ぎなのかも知れない。新たな感銘を希求してなお得られない、加齢に依る感性の鈍化は否定出来ないのだろう。

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