コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月10日(木) 夏の記憶  -音楽 - 音楽-

h322.jpg  税制行脚の合間を縫って火曜には出向時代の同僚と夕刻、キャピトル東急はオリガミにて永田町周辺居住者モードで旧交を温める。
 往時は30代後半でより腰が軽かったとはいえ、芝に宴に朝な夕な関係者と或いは内輪も含め、誤解を怖れずに言えばある種学生時代のサークル活動に再び巡りあった様な日々であり、同時に今もなお職責に直結する貴重な財産を築いた原点とも言える。
 その想いは今日、三年振りにGi!nzのコンサートを訊ねて「New York,New York」が流れた瞬間、甘酸っぱい記憶とともに増幅される。シナトラの楽曲に反応するのは吐瀉物に依る物理的な酸っぱさだけではなく、実際には自らは訪れていないNew Yorkに視察前に先乗りした同僚達の記憶に同期した錯覚に他ならないのだが、そこに国土の均衡ある発展という偉大なるフィクションに擬制して東京を後にせざるを得ない心境を唄ったGi!nzの「東京卒業」が重なり、更にロフトの様な二階自由席にひとり佇んでいると何と無く「大きな玉ねぎの下で」宜しく寂寥感に襲われる。
 勿論、世に連れる唄は必ずしも現実を反映している訳では無いが、虚構に酔わせるのがアルコールの力、ではなく音楽の擁する魔性なのだろう。
h325.jpg  出向した三年間は確かに余りにも有意義な夏休みであった。だからと言って夏が終わった後が秋と冬ばかりではあり得ないし、感傷に浸ってばかりで夏を諦めて仕舞う謂われも無い。或いは夏休みはもう来ないとしても今が初夏の兆しなのかも知れない。

 少しおセンチに暮れていたからか二次会へと殿様に誘い戴く。元よりアルコールを入れる替わりに食物は控え目にとの御仁も少なくないが、酩酊に至らぬ為にも腹臓を満たす主義の私には到底受け入れられない。加えて二階席の大皿が大半売り切れだったのも事実である。 しかしながらもう少しで日付も変わろうかとの時刻に至るまで次々と注文される美食家、と言うよりは健啖家振りには畏れ入った。八兵衛氏も草場の陰でさぞやうっかりならぬびっくりでは無かろうか。

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