コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月23日(祝) 怪童墜つ  -スポーツ - 大相撲-

h305.jpg  2001年からの永田町周辺居住者生活においても最初の四年間は潜航艇・岩風なみの潜伏助走期間だったと言ってよい。同時に職務柄と身を入れたゴルフも大半は学生時代の友人との遊興を超えるものでは無かったが、出向してからは花開き成果を得たかは別として、職務同様ゴルフも専ら関係者同伴に切り替わった。
 今や逆に職責の全く介入しない芝駆りの方が皆無だが、久々の出向時代の同僚とのラウンドが中では最も気のおけないそれに当たろう。
 加えて原則スルー固定で比較的距離も無い新武蔵丘とあらばスコアが期待出来て当然である。スタートホールに向かうトンネルを通過する瞬間に好成績だった曾ての記憶が甦えるではないか。
 ただ結論から言えば、前半こそショートとロングでパーを拾ったものの、総じてパッティングがままならず三桁に乗せていては甲斐性無しに過ぎない。リラックスして緊張感を事欠くのもまた痛し痒しなのか。

h306.jpg  横綱・北の湖と言えば憎らしい程と形容された圧倒的な強さ以上に、元関脇・高見山の引退に際し最期の金星は横綱でしたねとコメントを振られて即座に、「あれは何場所の確か七日目か八日目で」とスラスラと応え出したシーンが印象的である。
 或いは記憶力抜群との自らのイメージを維持する為に"予習"していたのかも知れないが、何方にしろ聡明さを物語るエピソードには違いない。
 ただ角界中核の出羽一門の歴史と伝統を背景に嘱望された通りに理事長の座に収まってからは愛弟子らの不祥事もあり、返り咲いてなお道半ばの現職での逝去とは、現役時代の栄光に比して苦闘の道程だったと言わざるを得ない。
 輪湖と並び称された横綱・輪島は借金苦から廃業に追い込まれ、花のニッパチ同期の横綱・若乃花は反逆児として理事会に名を連ねながら矢張り病に倒れている。極論すれば公益法人改革の中で、一年を十日で過ごしていた"お相撲さん"が公益の担い手に変貌していく過程の生みの苦しみを一身に体現した世代だったのかも知れない。
 怪我を挟んで最期となった優勝を助太刀した後輩、大関・北天祐と視線を合わせて顔を綻ばせた瞬間は、天下の敵役が見せた人間らしさだった。
 ご冥福を祈ります。

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