コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月6日(金) Sun will shine  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

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 久々のザギンのお勘定にすっかり酔いも覚めてわが家に辿り着いたのが夜中の2時。幸か不幸か宴会中に都合三度も自主的に嘔吐したため宿酔いは回避されよう替わりに腹ペコでラーメンを食べて3時就寝、6時に起きて今日も有明モーターショーとは体力勝負である。
 結局、先週に続き今週も都合三度に亘り足を運ぶ羽目に陥ったのは、臨時国会が開催されず潜在的に自動車産業乃至は自動車そのものに関心がありながら時間の制約上見送りを余儀無くされていた若手議員が到来したのだとすれば、出展企業としては歓迎すべき事態であったろう。
 加えて滞留時間が甚大となった見返りに、会場の構造上分断される西棟も含め果たしてかく真剣に拝察したことがあろうかという迄に隈無く会場を巡り得たのも、自動車産業の末端窓口としては貴重な機会と受け止めるべきであろう。
h284.jpg  と言うのも嘗ての明るい未來絵図から環境嗜好にシフトして久しいモーターショーも、ここ数回はCMとの連動を含めたキャラクターの活用をはじめ幾分なりともハレの世界に回帰した感があったが、取り分け今般は販売車両が大挙展示された豪奢なショールームの趣きを痛感せざるを得なかったからである。
 ただそれは自動運転と電気の日産、燃料電池車投入を控えた水素のホンダ、マツダは復活のロータリー・エンジンと特色を並べてみれば、寧ろ来るべき近未来の方から現実に近付いてきた、逆説的な証しと見ることも出来る。
 取り分け話題の自動運転は、純技術的に実走の域に達してなお著しく人車の混在するわが国都市部一般道における稼働は遠き道程であったとしても、わざわざハンドルを格納するギミックに依り「無人」を演出することで、逆に夢の未來絵図が恰も近未来に到来する様な錯覚を想起させるのに、現実感溢れるモーターショーという舞台設定がひと役買っているとの指摘は余りに色眼鏡に過ぎるだろうか。
 この視点から捉えれば未だ自動車を保有することの出来ない若年層の現実代替としてのトミカと、障害物の存在しない架空の路面における自動運転の体験試乗を内在したスマートモビリティの特設展が同居していたのも、何やら暗示的に見えてくる。
 高齢化社会において益々移動手段としての利便性の究極を追求すべく自動運転と、自らの足や公共交通では叶わない移動の自由とそれを司取る人間の支配欲求との狭間で、安全を第一義に掲げるべく自動車産業の答えはスロットカーを超越しなければならない。
 飛び石連休で盛り返し前回並み動員に近付きつつあるモーターショーはまだその現実解を見出だしてはいない。

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