コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月25日(火) 白段階段  -地域情報 - 東京23区-

h165.jpg  「昭和の竜宮城」の異名を持ちながら目黒雅叙園がそこはかとなく黒い影漂う印象を醸し出しているのは、嘗て隣接していながら資本上切り離され別会社となり、イトマン事件で名を馳せた雅叙園観光による風評被害は大いに左右していよう。ただ雅叙園時代もバブル崩壊後に経営破綻しており、目黒駅から急坂を下る立地からしてもその規模の割に宴会場としては著名とは言い難い。
 にも拘わらずほぼ七年に亘り毎年足を運ぶ機会に恵まれていたのは、出向先のOB会とも言うべき年中行事の幹事役が当選した十年前に、当該会合の幹部の取引先との御縁から会場として白刃の矢が立ち、その由来は忘れられても爾来代々能舞台の鎮座する大広間を、幾分割安に利用する技が引き継がれたからに他ならない。
 その会も一昨年からはより合理的な居酒屋へと居を違え、今般は全く異なる会合の事務方として赴いたが、それだけでは芸も無かろうと八度目の到来にして初めて足を踏み入れたのが名物百段階段であった。
h164.jpg  ただ結果から記せば丁度視察の始まるタイミングで上官から明日の対応につき下命があり、その依頼先がまさに視察メンバーとして目の前におわしたのは天の配剤だったとしても、関係者との調整のメールと電話に明け暮れて到底解説に耳に傾ける隙も無かったのは、折角自らの嗜好の赴くままに設営したにも拘わらず痛恨の事態だったろう。
 実際には職務に忠実な学芸員氏が階段の踊り場毎に設けられた嘗ての宴会場の装飾の美を、恰も機械の如くテープレコーダーの如くに丸一時間讃えるばかりで、何故「百段」を名乗りながら真実は一段足りないのかは辛うじて判明しても、果たして壮観だが凡そ配膳には不適切な施設で如何に宴席をこなしていたのかといった、思わず聞き耳を立てたくなる様な蘊蓄は皆無だったというから、登壇した事実だけで充分だったのかも知れない。幸い会合前には懸案も落ち着き今夜も酔いどれました。

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