コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月16日(日) ミスター・セブンティ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

h148.jpg  平和安全というわが国外交安全保障に大きな影響を斎す法案審議の真っ最中に迎えるからこそ、より注目の高まった戦後70年談話だが、結論から言えば総理は非常に慎重に事を運んだと言えよう。
 だからこそ過去例に比して分量が多く、明治以来のわが国の歩みを日露戦争の坂の上の雲的な意義にも触れつつ、順を追って解説する様は些か歴史の教科書の如ききらいは否めない。
 ただ「経済のブロック化」による資源外交の中に先の大戦が位置していたとの見解も示し、「子や孫に~贖罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と謝罪の連鎖にひとつのピリオドを打とうとする意志を、未来指向の名のもとに置いたのは、幸か不幸か俄かに悪化しつつある経済情勢の中、中韓が勢いよく反駁し難いという客観情勢にも恵まれたとはいえ、総理の姿勢と戦禍を被った諸外国の主張双方にバランスを採ったものであったろう。
h157.jpg
パラオに眠る戦闘機
 天皇陛下の「平和を切望する国民の意識に支えられ」という御言葉とも調和することでより中道的に響く、と皇室外交をストレートに政治的に受け止めるのは畏れ多いのかも知れないが、発信という形での外交上のサインを政府は巧みに乗り切り、ひとつの山場は確実に超えたのではなかったか。

 こうした戦後の歴史に則る国際社会における、敢えて言えば"駆け引き"に国民多数の合意のもとに挑む為にも、高等学校の教育過程に「公共」とともに「歴史総合」を新たに創設するとの方針は朗報である。
 そもそもクロマニヨン人とネアンデルタール人ばかりに詳しくなって時間切れで近代史が御座なりになるのがわが国の初等、中等教育の定番だったが、昨今は地理必修の見返りに日本史、世界史の選択となり、結果として国民から日本史そのものの知識量が低下しているのは由々しき事態に他ならない。
 従って、歴史と伝統に則った国家と社会の構築に向けた基礎共通認識として、とくに近現代に絞ったわが国と世界、一気通貫での歴史教育が、地域によって偏向することなく行われることを切に望みたい。
 それはまた嘗ての公民が更に敷衍されるのであろう「公共」とともに来るべき18歳公職選挙法改正において、若年時からの投票に赴く習慣の醸成にもまた資するだろう。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/3259-480034b1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad