コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月4日(火) また逢う日まで  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

 大学を出てからの約十年間は相継ぐ御成婚の二次会プロデュースをはじめサークル時代の友人達と飽きもせず歓送迎やら一時帰国やら祭事にかこつけては顔を付き合わせていた。
 所帯持ち、子持ちが優勢となり頻度は減っても僅か三年前には総勢40名を大江戸温泉物語に集結させたのだから我ながらマメな幹事振りであったろう。
 昨今は年中行事と化した新年会以外は縁遠くなり、それでも大学を跨ぐ公的には「学生団体」の顔を有するサークルたるが故に永田町界隈でも、旧くは小泉元総理を筆頭にOBに出会す場面もまま見られたが、今日の邂逅には心底驚いた。
 来訪された秘書の方との四方山話しの内に大学も直系の先達であると判明したばかりか三年次上席とあらばギリギリ学生として被っている。元より四年から見た新入生なぞその他大勢だから先方の記憶には存在しまいが、インパクトある風貌だけに掘っ立て小屋の如き集会所で行われた大学委員会の記憶が朧気に甦る。
 ならばその場で確認すればよいものの、往事須く渾名で呼称されており、それがまた酷似しているとの風評に基づく凶悪犯の名前そのものなのでほぼ初対面で問い質すのも気が引けよう。
 結果、嘗ての同僚に照会すると即座に同一人物であることが立証された。懐かしいと言うのとも少し違うが、更に腰が低くなって仕舞いそう。

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社会民主会館も今は更地
 先月逝去された田辺誠氏に続き山口鶴男氏が亡くなった。田辺氏は金丸元副総理と昵懇とされた「山が動いた」土井たか子委員長の後継、山鶴氏は土井時代の書記長にして村山内閣の総務庁長官、右派を糾合した政構研に属しながら必ずしも思想行動様式は一ではなかったが、前者は93歳、後者は89歳のともに大往生であった。
 翻って土井氏の前任たる石橋政嗣氏、田辺氏の次の次にあたる村山富市元総理は何れも卒寿を超えてなお矍鑠とされており、民主党への実質吸収前の社民党幹事長伊藤茂氏も90歳に近い。考えてみればおたかさんも没年は85歳であり、旧くは成田知巳元委員長からして86歳とは社会主義者は長命という仮説が導き出されそうである。
 元より塚本三郎、大内啓伍の両元民社党委員長も80代半ばを超えており思想の左右は問わないのかも知れないが、要は頑健だからこそ政治家として大成したという当たり前の結論だろう。
 御冥福をお祈りしたい。

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