コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月6日(祝) しなやかに回して  -育児 - パパの育児-

h33.jpg  未だゲーム機の普及していない1970年代末の小学生の遊戯と言えば内においては人生・億万長者らの盤系、外ならば野球やはさみっこといった球技ベースを別とすれば銀玉鉄砲とベーゴマが二代巨頭だったという記憶がある。
 或いはそれは山の手の下町たる矛盾した形容を持つ杉並の中央線沿線区域に顕著だったのかも知れないが、恐らくは児童の誰かしらが親から譲られた遊具に由来し駄菓子屋をキーステーションとした自然発生的なブームだった筈である。詰まり既に親世代がアナログ遊具の経験則に欠け巷から駄菓子屋が消えた現代においてベーゴマを流通させる為には、伝統文化の継承に邁進する伝道師の如く存在が必須だろう。
h34.jpg  黄金週間最終日は赤羽台公園のベーゴマ大会である。何故赤羽かと問われればキューポラのある街、川口の近隣だからだろうか。勿論、大会と言っても顔見知りの寄り合い風情でシステマチックな造りではない。
 公資は早速の四人一組の予選で2勝勝ち抜けのところ1勝同士の対決で惜しくも敗退したが、驚くべきは同じく惨敗組に馬橋小からの参加者がなお三人も見受けられたことだろう。聞けば主宰者が馬橋公園に現れ感化された友人による伝播がこの時ならぬベーゴマ旋風の発端だったというのだから、或いは帝都のベーゴマ文化は眼前で指導に余念の無いひとりの人物の双肩に委ねられているのだろうか。
 確かに午後は名人によるワークショップとの触れ込みだったが、勝者が敗者の駒を奪取する真剣勝負=ホンコ転じて「オマケホンコ」で、年配の名人氏に勝てば加工したベーゴマを貰い当然敗北に伴うリスクなしという有り難いデモ競技に続いては、ズラリ並んだ名人に交替で挑戦し参加回数と勝利数により一定ポイントを獲得すれば名人の称号が与えられる公開競技で事実、公資と同世代の名人も居並んでいる。
h38.jpg  この大盤振る舞いにも拘わらず全くの無償であり、手の込んだ加工駒に如何なる競技上の実利があるのか、或いは佐野駒とN企画の相違など聞き齧っただけでは到底奥義に迫り様も無かったが、思い切り手作りのカードまで至れり尽くせりには頭が下がる。
 さて泥警は未だ小学生において命脈を保っている様だから、附属アイテムとしての銀玉鉄砲も何方か再興を図って戴けないものか。舗装の行き届いた路面では自然に土に還る銀玉の環境適合性も効用が下がっているし、そもそも銃器の模倣自体が今の御時世には眉を顰められかねないのかも知れないが。

 帰還してわが家でも勉学の息抜きにと兄を誘い対戦に勤しむ弟。俄か仕込みの加工ベーの意義を解説しながら。

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