コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

5月5日(祝) あゝ品川駅  -地域情報 - 東京23区-

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 道路整備に比して遥かに歴史の長い鉄路は、昨今でこそ都市部においては複々線化と一体での高架乃至は地下化も進みつつあるが、定時走行故の平面交叉との親和性と相俟ってたとえ高架であっても視認上は起伏が少ない。それは人間以上に貨物の移動に重きがおかれた時代の機関車の勾配走行能力の限界にも起因していたのだろう。
 物流の主役が鉄道から自動車へとシフトするに連れ、国鉄の有した膨大な貨物ヤードは莫大な赤字の穴埋めには雀の涙ではあっても続々と売却され、嘗ては中央線の起点だった飯田町もJR貨物本社を含む複合オフィス兼ホテルへと変貌した。
 同様に本来は自動車における首都圏三環状と等しく貨物列車の都市部スルーパスを企図した南武・京葉両線も旅客利用が主体となり、遂には山手貨物線もが複数の踏切を維持したままで埼京線に転用されたが、成田エクスプレスや湘南新宿ラインとなると明確に京成や東急といった民鉄との競争を意識した経営判断が伺える。
h29.jpg  本年三月の上野東京ライン誕生は上野ー東京間の線増による山手、京浜東北両線の混雑緩和が主眼とされているが、混雑は今に始まった訳ではなく東北新幹線の上野から東京延伸に伴い東北縦貫線が分断されてから30年も待つ必然性は薄かろう。確かに東京駅側から見ても万里の長城宜しく巨大な壁が競り上がっているし、秋葉原駅での既存線との解離も大きい。事実、東北新幹線の更に上を跨ぐ二重高架には異論もあった様である。
 にも拘わらず敢えて巨額の投資を具現したのは品川との直結が最大の主旨だろう。JR東海のリニアの起点に塩を送る形となるのは忸怩たるものがあったとしても、首都圏北部から山手線新駅を含めた品川近隣の再開発への集客を図り、一方で羽田アクセス新線を以て京急に対抗する経営戦略の一貫ではなかったか。
h30.jpg  正直なところ東京西部在住者には日常生活には殆ど影響が無く、横浜に足を伸ばす際に湘南新宿ラインのグリーン車に立ち竦む事態が減少する程度だろうが、確実に言えるのはターミナルとしての上野駅は遂にその役目を終えたということだろう。津軽海峡冬景色は遠くなりにけりである。

 ルーフバルコニーで雨晒しになっていた鯉幟は幸い盾と化した吹き流しこそ見るも無惨な荒れ放題だったが、鯉達は体裁を保っており何とか撮影に供した。多忙な祐旭の勉学の合間をぬって菖蒲湯にも浸ったのは来年二月に向け「勝負」たる願掛けも兼ねての趣旨か。モザイク付きでお届けします。

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