コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月25日(水) Our Forces  -政治・経済 - 軍事・安全保障・国防・戦争-

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富士学校体験入隊(02年)
 自らの所属する地域・組織を愛着を込めて「わが」たる冠を付して呼称する行為は、帰属意識の希薄になった民間企業においては今や少数派かも知れないが、こと永田町においては未だ健在である。
 「わが国」は勿論のこと政党ならば「わが党」であるし、嘗て派閥全盛期には政治部の各番記者がこぞって「わが派」の利害を掲げて紙面作りに及んでいたエピソードも懐かしかろう。
 この段に則れば総理が国家国民を守る崇高な使命を帯びた自衛隊を「わが軍」と呼んだのは所有の概念を示したものではなく、野党の「安倍さんの自衛隊ではない」との批判はナンセンス以外の何物でもない。残念なことに当該政党は自らを「わが党」と謳う程に愛着を抱いていないと談ずるのは失礼なのかも知れないが。
 勿論、自衛隊を「実力組織」として遭えて「軍」と定義してこなかった戦後民主主義の文脈の中で、改めて軍隊であることを明示した点に刮目するのは的を射ていたとしても、国際的に自衛隊は当然に軍隊として扱われて来たし、「わが隊」ではウルトラ警備隊の様で幾分コミカルに響こう。
 そもそもかの石原慎太郎氏の「支那」の如く敢えて露悪的にその言を用いるのでないならば、要らぬ批判に「軍」を封印したのは大人の対応に他ならないし、寧ろ最大野党の実力組織への忌避感を顕わにしてその日本社会党に由来する一国平和主義体質の欺瞞を白日に晒した効用は充分に鑑みられただろう。

g983.jpg  海上自衛隊の護衛艦が気象に加えて山岳に由来する艦名を戴いているのは、旧帝国海軍との連続性に鑑みればD=destroyerの識別を有していても、事実上駆逐艦のみならずワンクラス上の巡洋艦の領域も賄っているとの認識が伺われる。
 従って護衛艦初の全通甲板を持つ16DDが「ひゅうが」(写真)・「いせ」を名乗るのは戦艦級の位置付けの体現であり、世界中から「戦艦」たるカテゴリーがほぼ存在しなくなった現代において、その形状とともに航空母艦的に捉えられるのもまた当然であろう。
 今般更に近代化した新型「いずも」の就役を迎え、それでもなおDDの識別に拘るのが専守防衛の自衛隊らしさであって、敢えて国際感情に照らして地を低くして実利を採る強かさとも言える。
 総理が次期いずも型を「ながと」と名付けて「わが艦」と述べたら行き過ぎだろうが、報われることの少ない実力組織への愛情を込め島根の方は元より広く出雲大社に想いを馳せながら「わが艦」と呼んでみたいではないか。

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