コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

1月27日(火) ひかり号と三原脩  -音楽 - J−POP-

g946.jpg  ライトメロウに首を突っ込んでみたのはコンピレーションの首謀者、金澤寿和氏の書籍に端を発している。実際、この種ディスクガイドに基づいて聴き漁ってみても大概は失望の方が大きいのが常で、現に発掘された佳作群は必ずしも琴線に触れなかったのは既に述べた通りである。
 しかしながら「流線形」という明らかにユーミンを意識したネーミングの集団に、その思惑通り触発されたのは一期一会と言うべきだろう。ひと口で言えば需要がありそうで存外に見受けられ難いニューミュージック、都市型ポップスの後継であり、ただ残念なことにはそのものズバリのタイトル「シティ・ミュージック」の発表が丁度ひと干支回り前、祐旭の生まれた羊年だからディスコグラフィが積み上がっていても可笑しくないところ、寡作に留まっている事実だろうか。
 結局クニモンド瀧口氏のひとり立ちとなり、女性ボーカルを次々と差し替える中で「流線形」の看板は半ば下ろして、辿り着いたのが一十三十一氏の「City Dive」という構図になっている。
g947.jpg  確かに元メンバーの林有三氏もまたサノトモミ氏らのプロデュース業に従事しているし、好事家の高い称賛は得られてもフロントマンたる女性ボーカルのキャラクターを前面に掲げなければ大衆の支持は得られないという現実的な要請は否定出来まい。
 近似した立ち位置にある冨田ラボ、宮川弾アンサンサブルらの音楽工房的な名称も、半ば裏方に徹することで自らの嗜好性を追求する試みとも言えよう。
 言うまでも無く想い起こされるのは嘗ての細野晴臣氏率いるTin Pan Alleyであろう。フロントも兼ねていたキャラメルママからの移行に伴い松任谷正隆氏が妻ユーミン氏との二人三脚主体に脱落するなど、必ずしも長続きせずかつ商業的な成功も収め得なかったが、そのトータル・プロデュースの試みが今に至る都市型ポップスの遺伝子を残したのは異論の無いところだろう。
 一十三十一氏も連発されているここ数枚のアルバムではメロウと言うよりは些かきらびやかに過ぎるきらいこそあれ、徒らに刺身の褄の如くバラードを配置したりせずとも、クニモンド氏が一職人のスタンスに退いた分却ってバリエーションが豊かになったと受け止めることも出来る。
 プロデューサーや作曲者の名前を伺いつつ対照を拡げて片っ端から耳に入れていく行為は、当たり外れはあったとしても良盤発掘の過去を追い求めるよりは、自称歌謡曲評論家にとっても余程健全なのではなかろうか。

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