コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月22日(月) さよなら私  -テレビ・ラジオ - テレビドラマ-

 「美徳のよろめき」がその背徳性を以て指弾された時分に比べれば世論の許容も進んだのだろうが、80年代の「金曜日の妻たちへ」から主役の年齢が下がりつつあるのは、主たるドラマ視聴層たるトレンディ・ドラマに刷り込まれたバブル世代をターゲットとするのみならず、今や曾てのホームドラマの代替として機能し得る程に「不倫」が市民権を獲得したひとつの証佐なのかも知れない。
 例えば肉体と人格の入れ替わりという超常現象を基盤とする「さよなら私」は尾美としのり氏の起用からしても明らかに嘗ての「転校生」からの引用に違いない。確かにドラマの大半を通じて務める反対側の役柄に見合うべく、顔面を交換した映画「フェイスオフ」同様の配役の妙こそあれ、高校生のラブコメディが不倫の泥試合に置き換わるところに時の流れを感じさせる。
g907.jpg  ただ視点を逆にしてみれば、人間同士の衝突が精神を反転させるという科学的には決して解明し得ないシチュエーションの再利用は、人目を引く様なドラマの舞台設定の限界をも示しているのでは無かろうか。
 「戦国自衛隊」に初めて接した際にはその破天荒さに仰天したものだが、再三のリメイクは戦国時代へのタイムトラベルなる非現実性への忌避感を解消させ、その延長線上に「信長協奏曲」が存在していると位置付けよう。不倫や信長という安定的な支持層を持つテーマを、本来なら到底相容れないであろう市民権を得たサイエンス・フィクションの装いで再構築する、ドラマのプロデューサーにも従来以上にサンプリングやリミックス的な勘所が要求されるのは音楽同様なのだろう。

 端から重量に耐え切れない柔な造作なのか、製作者たる私の手抜きに起因するのか、漸く一段落して崩壊した本棚の代替を漸く組み立てる。
 髪を切り、年賀状を印刷しつつ、書籍の散乱した部屋を片付ける。悲惨だったこの一年の記憶を全て溶解させるが如くに。

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