コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月21日(日) ひとり参謀本部  -テレビ・ラジオ - 大河ドラマ-

g906.jpg  このところ大河ドラマとは暫く御無沙汰だったから最終回まで概ね視聴したのも「江」以来、録画して欠かさず毎週の域に至るのは「利家とまつ」から12年振りになるだろうか。
 短躯ながら時代劇の似合うカミセン岡田氏と確かに美形だが年を経る毎に三面怪人ダダにしか見えなくなってきた中谷氏夫妻の配役の妙もあろうが、矢張り大河は戦国時代とのジンクスと言うより当然の摂理を改めて強く認識させる、総選挙で消費増税同様に先送りになった官兵衛の最終回ではあった。
 勿論、戦国時代である以上、信長、秀吉、家康以外は必ず後半生が野心を抱きながら夢破れましたという尻切れ蜻蛉チックな結末に至るのは独眼竜政宗以来変わることの無い陥穽に他ならないが、それは軍師たる黒田如水が関ヶ原にあたって西軍の背後を突くかの如くに九州制覇を目指したという幾分誇張された史実を以てしてなお、結果が遅かりし由良の介では画竜点睛を欠くこと夥しかろう。
 しかも戦後民主主義教育の賜物たろうか、軍師でありながら反戦思想という矛盾を抱えた人物に仕立てあげられたおかげで、本来ひとつの魅せ場であるべきかつ敗走に終わったからこそ現下の日韓情勢に鑑みても描き易い筈の朝鮮出兵に際しても些か煮え切らない男にしか映らない。
 そもそも昨今の大河は総じてコスト削減なのか撮影所自体の縮減故かは定かでないが、合戦そのものの映像は非常に局部的で時代劇らしいスペクタクルは追い求められないから勢いホームドラマのタイムスリップ仕様で矢鱈と奥方の存在感が増す傾向にあり、「まつ」の深謀遠慮に比べ大名たる前田利家が殆んど歴史の傍観者の如く描かれていたのが適例だったろう。
 それに比すれば人生自体が波瀾万丈な本人の存在感は充分だったが、寧ろ軍師として須く官兵衛の手柄が如く扱いには、これも大河全般に陥り易い罠ではあるが天地人、まつ、葵と重ね合わせていくと到底整合性が採れなかろう、他者の業績と被って功績調書の切り分けを指摘されまいかと痛くも無い腹を探りたくなる。
 来年は幕末かつマイナーな主人公、再来年は連続ドラマかつ時代劇という三谷幸喜氏の鬼門と不安要素を抱えているから、今年はまず幸せな巡り合わせだったと〆ておこう。

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