コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月20日(土) 銀河の歴史がまた一頁  -小説・文学 - 文学・小説-

g905.jpg  銀河英雄伝説に触れたのは大学時代、深夜のアニメ放送が皮切りだったから厳密にはリアルタイムからは少し遅れている。放映自体は早々に打ち切りになったがそれが引き金となって原作を読破し、賢者に依る独裁と凡庸なる衆愚政治の比較考量たる民主主義の最良のテキストとして、かのチャーチル英国首相の名言「It has been said that democracy is the worst form of government except all the others that have been tried」が想起される思いだった。
 その鮮烈さは永田町周辺居住者として流されゆく日々においても少しとして薄れてはいないが、膨大な新書版全十巻を読み返す気力までは涌き出なかったところ今更の様に漫画版を発見して買い漁ってみたものの、断続的な連載のためヤン・ウェンリーが亡くなるまでにもあと幾年では隔靴掻痒も極まり無い。
 そこで原点に返り一巻から愚直にレンタルDVD作戦に邁進すると、漫画では現在も連載中の「英雄たちの肖像」シリーズに入ってからはとくにダイジェスト版の傾向が強くなり、同時にキャラクターも年齢や性別まで含め適宜改編されていることから却って原版の記憶がフラッシュバック宜しく呼び戻されたが、ラインハルトが余りにも急速に体調を悪化させての末期の展開には些かの強引さを禁じ得ないと同時に、新たなるヒントにも預かった。
 勿論、通読でなく通視してかの「ゴジラとヤマトと僕等の民主主義」ではないが、矢張り痛感されるのは敵役はアーリア系という共通構造である。確かに宇宙戦艦ヤマトがわが国が連合国側に転じた大東亜戦争の再戦である程には単純ではないが、モンゴロイドとアングロサクソンを善玉に規定する点では大差無い。
 ただそこに帝位継承者がその地位に相応しくなければ廃絶も辞せずと遺言宜しく述べるラインハルトの姿を重ねると、また違った解釈も導き出されよう。
 即ち帝位の継承を自明の理とせず恰も民主主義の有用性を肯定したかの如くに受け止められているが、それは飽く迄万世一系による絶対君主の否定に過ぎず、賢者による独裁そのものには何等の評価を与えるものではない。
 この解釈に基づけば、優劣立場が逆転しているとはいえ「同盟」側が易性革命を奉ずる大陸と時限的な元首とも言うべき大統領制を採用した超大国を類推させる二人の主人公を擁している構成もまた象徴的に見えてくる。
 一体、田中芳樹氏は如何なる知謀を以てしてこの壮大なる政治学における示唆に満ち溢れたスペースオペラを30代前半にして書き上げたのだろうか。銀河の教えもまた一頁。

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