コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

12月10日(水) 上州からっ風  -地域情報 - 群馬県から-

g904.jpg  一式戦隼をはじめ三菱のゼロ戦の多くをも組み立てた東洋最大の航空機メーカー、中島飛行機は戦後財閥解体により分割され、都内の工場地は三鷹の国際基督教大や武蔵野中央公園(写真)、日産荻窪工場を経てマンションと公園など大半が跡形も無く消え失せている。
 一方、中核たる大田市は今も後継たる富士重工業の本拠として、日系ブラジル人比率の高さが社会保障や教育に纏わる移民問題の象徴として世相を騒がせたのも記憶に新しいが、現在も地域の甚大な生産と雇用の担い手たる証しであろう。
 同じく群馬の小泉工場は三洋電機東京製作所を経て今や国籍も豊かな数社に散り散りと命運を分けているが、本社屋建替に際しては多大な産業遺産が発掘されたと聞く。
 二年前にも訪れた重厚な本社屋は昭和九年建立時のままの威厳を保ち、二階貴賓応接は創業者中島知久平氏が昭和天皇陛下に拝謁したという歴史の舞台に他ならないが、だからこそ地下に何が眠っているのかは今も皆目判らないらしい。
g900.jpg  三代目の非業の死で直接の政治銘柄から外れた同社ではあるが、寧ろ政治サイドがその縁を喪わしめないのも歴史と伝統の為せる業なのだろう。

 平日に似合わぬ自動車販売業店舗の混雑振りが世帯当り自動車保有台数全国一位たる県民性と相関しているのかは定かでないが、集客力が売上げの源泉という点でディーラーに相通ずる選挙事務所が何処も驚くべき活気に溢れていたのは、ここ四十年の間に四代の総理を排出した土地柄と無縁ではあるまい。今回はひっそりとした佇まいとされた事務所もやがて賑わいを取り戻すだろう。
 明日のイベントの調整を積み残したままで、終日昼食のメニューに苛まれ続けたのは大いに誤算だったが。

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