コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

11月30日(日) 二人の男  -アイドル・芸能 - 芸能一般-

g888.jpg  高倉健と菅原文太という老優の相継ぐ訃報に接して思い起こされるのはその対照的な足跡であろう。片や東映ニューフェイスの華やかなりしデビューに対し、一方は劇団四季から今は亡き新東宝を経て漸く東映に辿り着き30代も半ばを超えての漸くのスターダムである。
 同世代ながらそのタイムラグは高倉氏が「網走番外地」なら菅原氏は「仁義なき戦い」と、同じ東映ヤクザものであっても時代劇の翻案とも言うべき任侠路線と実際の抗争に範を取った実録シリーズでは180度その印象が異なろう。
 結果的に菅原氏は同じアウトローでも刃傷沙汰には及ばない「トラック野郎」というもうひとつの銀幕の代表作こそ得たものの、レギュラーの如く頻出した大河ドラマもまだ重鎮と化す前の「獅子の時代」こそ一斉を風靡したが、晩年の農業従事や政治への関与に至るまで右翼の棟梁の如き香りが消えなかった。
 僅かにアンバランスの妙を狙ったCM「時代はパーシャル」のコピーだけが、ナショナルの冷蔵庫はブランド毎消え失せても今も鮮烈な印象を残していよう。
g891.jpg  逆に「幸せの黄色いハンカチ」とともに語られる高倉氏は見事に任侠の色を消しイメージ・チェンジを図ったと言えようが、菅原氏と入れ替わる様に東映を去りフリーに転向した最初の当たり役が「ハンカチ」であり、同じ年には「八甲田山」にも主演しているのだから、一朝一石に実直寡黙「健さん」イメージが確立された訳では無かろう。
 個人的には最も鮮烈な「野生の証明」に誰しも触れない様に、アイドル映画たる薬師丸ひろ子の引き立て役、更には「南極物語」では犬の助演と今から想えば何も高倉氏で無くともという出演もまま見られるのは、独立後収入を安定させる為に必ずしも仕事を選べなかった環境が伺作用していたのだろうか。
 何しろ後年の印象に合致する「駅 station」と「鉄道員(ぽっぽや)」の間に米国版任侠とも言うべき「ブラック・レイン」は兔も角、監督と外国人選手の異文化交流を描く「ミスター・ベースボール」まで挟まっているのだからその雑多振り、看板とは裏腹の器用さも堂に入るものだろう。
 家庭的には菅原氏は長男に先立たれ、高倉氏も親族の借金問題で早々に離縁した江利チエミ氏を早くに見送っている。安易にひと纏めに論じるべきでもなかろうが、長く生きた引換に栄光と哀愁をともにに携えた人生と言えようか。

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