コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

9月5日(金) もう惑わない  -スポーツ - プロ野球-

g2.jpg 金田正一氏の通算400勝やスタルヒン・稲尾両氏の年間42勝をはじめ投手の記録は、職業野球の体質が変化した現代となっては未来永劫不磨の大典と化したものが少なくない。「球界彦三」の異名を知る人も最早古老の部類に入ろう浜崎真二氏(写真)の48歳という最年長勝利もまた、少なくとも21世紀を迎えるまでは、浜崎氏が監督として急場凌ぎの当番だった様に、40代の現役選手が選手層の払底していた時分の特殊事例として、言わば米大リーグにおける19世紀の記録の如き位置付けだったと言ってよい。
 例えば79年に西武球団の埼玉移転から転げ落ちた石井茂雄投手が長嶋巨人で谷間の先発として最後の花を咲かせたり、90年に村田兆治投手が10勝をマークしたりというのは突然変異に近く、とくに後者は後年還暦を超えてなおOB戦の類では現役顔負けのピッチングを披露しているが、それでもなお両氏とも40歳のこの年を以てユニフォームを脱いでいるのは、30代も半ばを超えれば長老という環境の中で後身に道を譲るべきという暗黙のコンセンサスもまた介在したであろう。
 潮目が変わったのは95年に佐藤義則投手が無安打無得点、更に97年に大野豊投手が42歳で防御率一位を獲得した頃からだろうか。落合、大島と打者の側にも40代現役が増え、嘗ての珍重感は薄れてきた。
 ただそれでも2000年代に至り不惑を超えた工藤公康投手が二年連続で二桁勝利に輝いたものの、47歳で後輩の渡辺監督のもとに西武に復帰した2010年は勝ち星を挙げられず、翌48歳のシーズンに新生横浜の監督兼任に擬せられながら引退を余儀無くされたことで、矢張り神代の時代は侵すべからずと思われた矢先の、今般の山本昌投手の快挙である。
 勿論、ご本人の精進の賜物以外の何物でも無かろうが、中日球団の生え抜きでありかつ今期のドラゴンズの低迷という環境にも恵まれた巡り合わせの要素も否めまい。
 伝説のニグロリーガー、サッチェル・ペイジ投手の59歳での当番が引き合いに出されるが余興に他ならず、実質的に最上位のリーグで現役として戦力になった50代の野球選手は未だ世界中において存在しないと言ってよい。
 山本昌投手には明年、浜崎氏の最年長登板のみならず未曾有の50歳現役の姿をどうしても披露して欲しい。それはトレーニングをはじめスポーツ医学・生理学の進歩を体現する壮大な実験であり、何よりも本人の気力が第一だが、それを導き出すべく中日球団の責務でもあろう。

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