コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

4月22日(火) 若者たち  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g779.jpg  今にして思えば出向して間もない9年前の2月に「少子化対策委員会」の事務局に任命されたのは、二重の意味で運命的な出逢いであったろう。
 ひとつには実際に自らが少子化の呪縛に悩んだ挙げ句に第二子に授かる過程にあった環境に依存していたが、一方では研究会における多くの邂逅が些か下世話に響くきらいを怖れず述べれば、現在の永田町周辺居住者たる職責における人間関係のベースたると自認するに過言でないが故だろう。
 最盛期には週に二度の勉強会の準備と取り纏めたる後行程という、凡そこれまでの当該出向先の身の上とは思い難い多忙を極めた少子化対策研究会は、料亭で箱弁たる奇妙な打ち上げを経て二年後にはメンバーを拡大して若年者の就職支援の雇用研究会として事実上再編成された。
g780.jpg  更に個人的には、出向先の第二次少子化研究会に民間人に復してなお顧問の肩書きにて報告書に記載される栄誉に預り、それ等を包含した若年者対策の、政界における"若年者"の集団にも片想いとも言うべき同志的な親近感を抱いていたのである。
 その集団、所謂「若若議連」もメンバーが既に若くないと言えば失礼だが、寧ろ中堅層に差し掛かり「若」のネーミングが似合わくなった証佐か、愈々の解散式を迎えるにあたり本来は部外者たる嘗ての出向者にお声掛け戴いたのは感慨ひとしおだったろう。おかげで自ら率先して事務取り扱いに名乗りを挙げたが、本当に嘗て同様の事務局に任命されたのは流石に意外であった。
 それは生来の事務局気質の為せる業かも知れないが、〆にバッジ・サイドの幹事役氏ー既に事務方の役回りからは脱すべきポジションに昇格されておられるがーから、改めて阿吽の呼吸で今後も親睦の場を続けるに当たって民間側事務局に指名されたのは、下世話に言えば関係者に自らの立ち位置を傍証戴くという意味以上に、同じ釜の飯に預かったと認められた様で、掛け値なしに有り難い限りだった。

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