コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月26日(土) 代理の代行  -スポーツ - プロ野球-

g774.jpg  体面を重視するわが国において、職業野球の監督の休養とは事実上の解任を表面上コトスル隠語に過ぎず、事実今期の西武・伊原監督の復帰もあり得ないというのが通り相場である。
 ただ例外は存在し、昭和37年「指揮官の悪い舞台は全滅する」の名言とともに退いた鶴岡監督は蔭山代理監督のもと復調した南海ホークスを再び指揮したし、大洋時代末期の三原監督が休養と復帰を繰り返したケースも挙げられよう。 而して今般の星野楽天監督は昨年の日本一から一転しての不振もまた一因には違いなかろうが、自身の体調が主因であるだけに復帰を前提とした希少な事例であった。
 しかしながらその経緯は迷走と言わざるを得ないものだった。ヘッドコーチたる佐藤代理から更に大久保二軍監督という二度に亘る政権交替は、後者が西武コーチ時代に暴力行為を取り沙汰されただけに、幾らオーナーの覚え目出度き著しいとはいえ奇異に感じられる要素無きにしもあらずだったが、それ以上に昨年のリーグ覇者としてオールスターの監督人事にまで混乱を齋したのは新興球団の無責任さと糾弾されても致し方無かろう。
 勿論、昭和53年に矢張り胃炎休養中の上田阪急監督に替わり前年二位の広瀬南海監督が指揮を採り、阪急からは西村代理がコーチとしてオールスターに出場した他にも前年の優勝球団が監督を譲った事例は存在する。ただ本年は前例に倣うべき伊原氏が既にグラウンドから消えており佐藤代理がオールスターもまた代理を務めることで合意されていたにも拘わらず、自球団の事情で佐藤代理を葬り去りあまつさえ大久保氏には更なる代理を受諾させなかったのである。
 結局、前年三位の伊東ロッテ監督が渋々引き受けたが、奇しくも旧西武勢間にて繰り広げられた迷走劇は折角の星野復帰にも後味の悪さを残したと言えよう。

 芝上で現をぬかす心持ちが湧かず二ヶ月半振りとなったゴルフはドライバーが全く当たらなかったにも拘わらず、後半は50を切れたのは一応の成果と言えようか。

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