コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月8日(金) 烏帽子岩は見えないが  -地域情報 - 神奈川県-

g762.jpg  妻と鎌倉を訪れたのは最早15年も前になるだろうか。しかしながらこんな形で再び大仏の街に再訪しようとは夢にも思わなかった。厳密に言えば夜半の域なので大仏様のパンチ頭を拝むことは叶わなかったが、二次会と聞いて短時間顔を出してとの甘い思惑は脆くも撃ち破られたのであった。
 何しろ行き着く先は大船はおろか鎌倉駅すら遥かに超えた由比ヶ浜、比喩でも何でもなく海岸の海の家とあれば、背広姿が不釣り合いなこと夥しい。
 ただ海の家と言っても二階で焼きそばの類とは程遠く、常設の地元住民のための洒落たイタリアンである。幸い座ったポジションが同業他社の御仁ありの結婚談義と気楽な飲み会風情ではあったものの、果たしてここから如何にしてわが家まで辿り着き得るか、そもそも駅に至るにも海岸線を夜半滑走する物好きな流しのタクシーが存在するものかと、波の音と潮の香りこそ期せずしてリゾート・モードだが、内心は気が気でない。
 思えばここ由比ヶ浜には34年前に足を踏み入れていた筈である。杉並の公立小学校は修学旅行の代替として、五年時の富士学園の山岳に相対して六年では海の家が今も変わらぬ定番であり、丁度私がその年になる昭和55年から老朽化した千葉は富津学園に成り変わり、新築眩しい由比ヶ浜が稼働すると聞かされていたのである。
 事実、同僚は皆赴いたのだが、哀れ地方都市へと放逐された私は、何故か登呂遺跡なる中途半端な修学旅行に参画せざるを得なくなり、而来まだ見ぬ由比ヶ浜の名は脳裏に焼き付き、そして今日、海水浴も叶わずお仕事で見ゆる運命が訪れようとは人生は予測の付かないものである。
 幸いアルコールを飲さない、少し小振りなバッジを付けた方に駅まで送って戴き、恐縮しつつ事なきを得たが、帰路この数奇な展開を反芻しつつ転た寝しつつ、はたと気付いたのである。
 果たして杉並区の所有する海の学園は真実湘南であったろうか。幾ら財政が潤沢とはいえ些かお洒落に過ぎないのではないか。便利な世の中だからすぐさまネットで検索してみるが、凡そヒットしない。ここに至って漸く70年代の記憶がうっすらと蘇り、恐る恐る再びグーグルを叩けば真実は伊豆の弓ヶ浜であった。
 恐るべき勘違い、地元の方々に杉並区民の感慨を熱く語っていた先刻が恥ずかしい。想い出は少し混濁したが、夜の海に唐突に邂逅したのは事実だから貴重な経験だったととりとめもなく受け止めておきたい。

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