コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月26日(木) 身を捨ててこそ  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g750.jpg  橋下、石原両氏の個人的な共鳴の強さを主張されるばされる程、日本維新の会の脆い構造が逆説的に浮き彫りになっていたものである。何しろ大阪と東京、地方自治体と中央の二重構造に加え、国会議員団においてもたちあがれ由来の旧自民の重鎮、民主転向組の実務幹部に次の選挙すら覚束無い大量の一回生と三分されている状態で、その危うい均衡の一角たる石原共同代表の存在感が健康面からも薄れたのだとすれば、協議離婚は最上の解決策だったと言わざるを得ない。
 ただ旧名称への回帰に何等かの支障が生じたのかは定かでないが、70代の長老陣が司る新党の名称が「次世代の党」とは些かエスプリが効き過ぎているではないか。
 元より当事者は真剣に次世代への架け橋、礎たらんとする捨て身の心意気を示したのかも知れないが、少なくとも次期総選挙を闘うには得策とは言い難いネーミングに鑑みれば、早々の再編を視野においての措置であり、同時に健康面からの党首交替とともに僅か数年前には待望久しかった「石原新党」が完全に頓挫したという事実を物語っている。
 先の総選挙を太陽の党のまま迎えていれば大半の一回生は比例でも泡沫に過ぎなかったろうから、中選挙区期ならば保守系無所属として選挙戦に挑んだであろう層にバッジ経験を与えるという意味で同衾の効用は存在したし、安倍政権の補完勢力たり得、風前の灯火の彼等一回生達の幾人かでも生き残らせることが出来れば、現在の自由民主党に日本新党出身者が散見される事実に待つまでもなく、「次世代の党」も名は体を表すことになるのかも知れない。
 ただ惜しむらくは石原氏を含む幹部の高齢故に賞味期限は次の総選挙までと推察され、しかしながらたとえ憲法改正という大義名分を掲げたとしても選挙前に安倍政権に合流するのは難しかろう。次世代に彼等の思想と人材を残すために「次世代の党」は残された時間に何が出来るだろうか。

g756.jpg  こちらも同じく次世代への架け橋を謳った筈が敢えなく失敗に終わった伊原西武監督である。何しろ森管理野球と東尾時代のアバウトさを旨くミックスさせていた渡辺政権から一転、私生活まで管理下に置くが如く先祖帰りに加えてV9時代の「巨人軍は紳士たれ」を履き違えたか、「西武グループの一員として」等と堤王国華やかりし時分ならいざ知らず、時代錯誤も甚だしきスローガンの数々に面喰らったのは選手よりもフロント・サイドではなかったか。
 帝国陸軍が軍政と軍令、教育を三分した様に、兵の運用における名参謀が教育総監においてなお名将振りを発揮出来るとは限らないという典型例だろうか。
 自らのポジションを凌駕させてなお後進を育てるとは言うは易くとも、須く自我のある人間にとって難しい事業は無い。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://kayukawa.blog41.fc2.com/tb.php/3077-c270377a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad