コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月16日(水) 肉体の門  -スポーツ - プロ野球-

g737.jpg  破竹の勢いだった田中投手が突然の肘痛に見舞われ、先達たるダルビッシュ投手が米大リーグの中四日登板に疑念を呈したことが波紋を呼んでいる。
 確かに日本時代の概ね週一日に比べれば勤続疲労が生じて然るべきかも知れないが、厳格に百球プラスαを堅持する米国に対し先発投手の本旨は完投たる思想に基づき好調なら球数に左右されないわが国では自ずと対処が異なるのはやむを得ない。
 勿論、ピッチングマシンというインフラの普及に伴い飛躍的に向上した打撃力に対処する為に、変化球を多投せざるを得なくなった帰結として球数が増えるばかりか肩や肘に余計な負担を余儀無くされた投手は、消耗品たる肉体を過剰に酷使出来ないが故に登板間隔を増大して休養を求められて来たのは歴史の流れであり、昭和30年代の「雨、雨、権藤」は元より、全盛期の江川投手が中四日を休み過ぎと揶揄された様な過去に回帰することは不可能であろう。
 ただ身体の慣れを勘案してなお先発の和田投手はおろか救援の藤川投手に至るまで日本人投手の故障続発に鑑みれば、少なくともメジャーの公式球の手触りやマウンドの傾斜が何等かの異質な負担を斎しているのではないかとの疑念も生じよう。
 或いは中六日で百球縛りと極端に過保護になりつつある本邦球界の現状には異論があろうとも、ダルビッシュ投手が現職であった時分の如く、たとえ百球を遥かに超える投球であっても中五日以上の間隔を擁すれば肘は回復するとの主張に利があるのかも知れないが、ならば邦人以外の大リーグ在籍者の大半が中四日を基盤としている事実を是認出来ない。
 実際には西洋人においてもトミー・ジョン手術が増大しつつある現実を警告として受け止めるべきなのか、或いは矢張り肉体的に東洋人の限界を示唆するものなのか。民族的に中庸なダルビッシュ投手の発言だけに本邦職業野球においても考慮すべき要素は少なくなかろう。

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