コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

8月2日(土) セ・シ・盆  -育児 - パパ育児日記。-

g744.jpg  嘗て青梅街道が杉並随一の大動脈だった時代、高円寺・阿佐ヶ谷両村の間には馬橋村が存在した。やがて中央線を基盤に行政区が再編され、今や馬橋は道路や児童館をはじめとする行政施設にその名を留めるに過ぎないが、高円寺北・阿佐ヶ谷北を学区とする小学校が杉一を筆頭とするナンバー校名に組み込まれずなお馬橋の名を留めているのは、在りし日の栄華の名残りとも言えよう。
 その旧馬橋地区の再興を視野に、高円寺駅から馬橋へと誘う中通り西部、昨今地域放送はじめ独自の活動に目覚めつつある北中通り商店街の主催する馬橋盆踊りが30年振りに再開されたのが昨年、今回は第二回にあたる。
 酷暑を見越して阿波おどりの客演やら日中のイベントはパスして夕刻、馬橋小学校を訪れる。幸い今日は普段は防犯上固く閉ざされている、わが家から最短距離の正門も開放されており、如何にも縁日仕様の焼きそばを摘まんだりと祭りモードに突入した。
g745.jpg  当然、冒頭から躍りに興じているのは関係者と覚しきさくら擬きの一行のみで、昨年もそうだったが子供達も尻込みして遠巻きに眺めるのみである。
 ただ昨年は父が早退けした後に、祐旭がそれこそ踊る阿呆と化して舞台から離れなかった経験則を踏まえ早々に促してみれば、嫌よ嫌よも好きの内か、合流したガールフレンドに弟も従え意気揚々と登壇に及ぶではないか。
 結局、一度舞台を去り、撮影を終えた父が家路に着いた後も、元ボキャブラ天国出演の笑芸人氏と握手したり、ハリウッド版の公開に因んだのだろう、小道具として持ち込まれたゴジラの被りものに身を窶したりと、嘗ての大映東京球場亡き後は神宮名物と化した東京音頭、定番の馬橋音頭に留まらず、地元アーティスト作による馬橋ホーホツ音頭、等々力豆太郎とマニアックな逸品を加えてのヘビーローテーションの中、昨年にも増してノリノリの祐旭は再び登壇に及んで気狂いピエロ宜しく踊り明かしていたらしい。
 地域の街興しに祭りという発想は都市部では寧ろ旧くて新しい課題なのかも知れない。

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