コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月15日(火) 大人の階段登る  -政治・経済 - 環境・資源・エネルギー-

g743.jpg 今にして想えば要人の試乗日程が固まらないと嘆いていた昨年後半が嘘の様に、通常国会が延長も無く終幕に至り、永田町的には長い夏休みを迎えて俄かに水素の季節がやって来た。
 要人の企業来訪とあれば単に新たな車に載るには留まらない筈だが、国民経済・産業の統括者の地域経済の実情視察の一環との位置付けだから疾風迅雷を余儀無くされる。ただよく考えられたもので新たに着任した事務方の重鎮が露払い宜しく事前に到来し、説遇部隊も普段は立ち入れない社内の技術部門の回遊随行の恩恵に預かった。
 昨年、九州大に闖入した際のデジャブの如く水素スタックや頑健な水素タンクが並んでいるが、旧来の燃料電池車が発電所を体内に構えるが故にSUV仕様の大振りな躯体を余儀無くされていたのに対し、新たな逸品はセダン型の面構えに処狭しと構造物が納められている、その開発者の苦闘の一端はよく理解出来た。
 いざ要人が到来すると説明も早々に発売を数ヶ月後に控えた新車の滑走を見守ることになる。押し並べて自らハンドルを握ることを禁じられる政府要人は運転の機会が与えられると童心に帰るが如くに天真爛漫な走りに興じる傾向があるが、それを割り引いてなお大層なスピードである。
 しかもご丁寧に直後を警護車が随走していくのだが、どう見ても後続の方がアップアップに映るではないか。勿論、3000ccの立派な高級車に他ならないが、なる程燃料電池車は加速感が体感出来ない程に加速に優れているという特色は、逆説的ではあるものの外野から見物するだけでも立派に実証されたのである。
 事実、電気自動車も同じ構造だが、如何なオートマチックであってもローギアから順次トルクの上がっていくエンジンに対し、モーターは端からフルパワーであり、かつエンジン音も欠如しているから、実に何の苦労も無く疾走を果たすべく見受けられる。
 水素は爆発するというヒンデンブルグ号以来の先入観も多分に作用していよう多彩な規制に加え、現実に燃料電池自動車が普及するまで採算の採れないであろうステーションはじめインフラ整備の遅れたる鶏と卵の課題は山積されようとも、いざ水素は走り出した。ならば走り続けるしかない。

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