コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

6月27日(金) 野次と喧嘩は江戸の花  -政治・経済 - 政治・経済・時事問題-

g735.jpg  中学高校と弁論部に属し、学校は今や数少ない弁論大会の主宰校のひとつであったから伝統的な司会要綱が存在した。
 実際高校生の血の気の多さが故に留まらず、校風なのか教員の趣味だったのかは定かでないが、矢鱈と憲法改正や再軍備をテーマに掲げる学校があり、概ねは左傾した聴衆といざこざが生ずることも稀ではなく、司会はこうした事態への対処も求められていたのである。
 そのひとつに野次を諌める決まり文句があり、「野次は弁論の花と申します」と切り出し穏便に勇み足を咎めるものだった。
 確かに帝国議会における三木武吉氏の「達磨は九年」の如く、軽妙な野次は寸鉄人を討つ効用を否定出来ない。現に今般も当該野次の瞬間に当の塩村議員が一瞬、苦笑して質問が途切れたことに鑑みれば、中身の是非を別にすれば的を射た野次であったと看做すことも可能だろう。
 勿論、芸能活動という出自の如何を問わず、出産という高尚な行為を揶揄するのは厳に戒められなければならないが、政治的な側面からは当該行為以上に余りに稚拙な事後の対処が事態を拡大させたと言わざるを得まい。
 ネット上には早々に声の主と見られる議員の名前が上がっており、わざわざ一度否定してから当人が名乗り出たばかりか、今度は単独TV出演で必要以上の釈明に走る始末では、自民党支持者であっても真実は奈辺にあるのか、確かに鈴木都議は当事者に違いなかろうが、もっと大物たる真犯人を隠蔽するために罪を一身に背負わせ人身御供として供出したのではないかと疑いたくもなる。
 あまつさえ実は他党にも共同正犯が存在し、互いにパンドラの箱を閉じる為に早期の幕引きを謀ったとの説が浮上するに至っては、地方議会は伏魔殿と嘆かれても反論は難しかろう。
 事態は野次の規制というあらぬ方向に波紋を呼びつつあるが、発言者が思わず呼応して退屈なお経読みの中に本音を引き出すのもまた野次の効用だし、答弁に影響を与えた野次は「~と叫ぶ者あり」と議事録に記載され、未来永劫国家の公的記録に残るケースすらある。
 言論を封殺する前に言論を磨く努力を、言論の府は怠らないで欲しい。

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