コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

7月23日(水) Nanyo-land,Island  -海外情報 - 世界遺産-

g703.jpg  最終日も父と公資が味付け海苔まみれになるバイキングから始まる。平熱に回帰したとはいえ流石に祐旭の海水浴は憚られ、結局ビーチに戯れたのは初日に留まったが、兄弟写真を収めて名残り惜しんでみる。
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 今更の様にコロール・ツアーに赴いたものの、正直見処が多くないのは初日の散策で検証済みで、珊瑚養育を目途とした水族館の過剰に丁重な解説は半ば時間潰しの要素も否めないものの、ヒトデに海月と妻と祐旭も些か矮小ながら昨日の疑似体験に預かり、恐らく日米両国の支援に依るものなのだろう、はためく三国の国旗に南の島の数日間を反芻するのだった。  70年前にならんとするわが国委任統治時代の遺構は少なくなく、初日にも街中で崩れかけた戦車に遭遇したが、旧南洋庁支庁舎(右写真上)に続いては今や国立博物館の倉庫と化した旧気象庁(同下)を拝む。寧ろ南洋庁期においては現下のコロール以上に整然とした街区が整備されていたとのストーリーは流石に面映ゆ過ぎるきらいは否めないものの、ほぼ米国南西端の一離島に過ぎない大戦後に比して南の絶対国防圏の一翼を担った帝国期の方が地勢学上の重きを為した構造は容易に想像出来よう。
g707.jpg ホテルの各コテージもこれを模していた三角屋根の「バイ」は後代の複製だが、集会所として時には数日に亘る小田原評定が繰り広げられたとは、今やバベルダオブ島に遷都され民主主義の手順も確立されたであろうパラオの悠長にして旧き良き時を感じさせる遺構であった。
 昼はマラカル島のターミナル港に面したパームベイ・ビストロと残り少ない時間を精力的に回遊し、宿に戻り丸で併設されたが風情の日本大使館を眺め、結局祐旭もプールに浸かってみたが、大事をとって程無く人気の無いジャグジーにて暖を取る。最後の海詣でを前にもうひとイベント、桟橋脇の海の男向けの小屋にて宿泊客には無料のカクテル・パーティが振る舞われるとは豪気だが、アルバイト風の幾分やっつけ感こそ漂いながらも地元の躍りも無償で鑑賞に預かったのはここに来てパラオ随一のリゾートの名に相応しかっただろうか。
g709.jpg  オーラスはもうひとつの宿の選択肢であった内陸のパラオ・プランテーション・リゾートからナイトカヌーに繰り出す。祐旭の体調に鑑みカヤックから動力のあるカヌーに切り替えたが、陽が落ちればマングローブすら判然としない旅路だったから再びの手漕ぎで更に体力を喪うよりは正しい選択だったろう。
g710.jpg  ゼロ戦こそ拝めなかったが、帝国海軍の小船や米軍飛行機の残骸に見えてペリリュー島への後ろ髪を断ち切り、遂にスコールに塗れ鼠にもなりながら、ジャングルバーで気前よくシャコ貝の活け作りに余剰ドルを放出して盛り沢山の最終日にもエンド・マーク、眠気に負けず荷物を詰めて我々は空港に辿り着かなければならない。

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