コラム堀内一三

~粥川善洋の四方山コラム~

3月28日(金) 星影のワルツ  -ビジネス - ビジネス-

g637.jpg  仕事柄夜は関係者との会食の日々なので、サラリーマン的な同僚との怪気炎を挙げる飲み会には恵まれないが、四年と三ヶ月身を窶した部局の"発展的解消"に伴い、事実上の解散式の名のもとに杯を傾ける機会に恵まれた。
 ただベースが「秘書」たる職責の為、ボスの一挙手一投足に左右される身の上ばかりで、取り分け男性の登壇は不詳当方のみとは世知辛いお仕事と言わざるを得ないのかも知れないが、おかげで日頃同一部局にあってもコンビを組む面々以外とは意外に接する機会の少ない女性陣の"本音"に多分に預かったのは、望外の運びだったろう。
 夫唱婦随と言えば榎美沙子氏に突き上げられそうだが、良く言えば歴史と伝統ある組織だけに世を飛び交う男に銃後を守る女という高度成長期の如く構造が今も承継されていた。従って戦後わが国の主流であった専業主婦家庭の妻の嘆き宜しく、夫はひと旅玄関を飛び出していけば果たして24時間戦っているのか新橋あたりで飲んだ呉れているのか皆目判然としないとの声が上がるのも道理である。
 それでも内勤のサラリーマンなら同僚やら上官やらにそこはかとなく探りを入れれば概容は掴めるかも知れないが、ボスに随行する秘書とあらば動向は当該ボスしか把握出来ないし、例えば要人同士の対面で御付きは待機となればボスすら埒外である。
 だからこそ究極の蚊帳の外になりかねない銃後の女性秘書サイドには必要以上に疑心暗鬼も募るのだろうが、詰まるところ単品としての政治屋、美しく言えば政治担当たる側面を持つ当方にとっても、半ば同じ身分を有するとはいえ、純然たる「秘書」の行動様式、就くその実情には触れる術もない。確かに"妻"の側の言い分だけ鵜呑みにする必然性こそなかるまいが、当該部局の"解散"を目前にして改めてその事実、少なくとも相互理解の難しさに直面して天を仰ぐ思いだった。
 所詮、個人商店の集合体だから管理の網が及ばない、との述懐は管理職の末端として天に唾する行為であるし、だからこそこの組織は発展的ではあっても解消を余儀無くされたのかも知れないが、秘書という職責が残る限り、管理形態の大括り化という言葉を以て改編しても、秘書をして他の秘書の内情すら把握出来ないのならば、秘書でない管理者が束ねることなど端から望み薄に他ならない。
 或いはこれを契機に時間管理と避雷針という古式ゆかしき秘書のあり方が、ボスの職責そのものの一部代行者、「業務秘書」へと変貌していく過程なのか。ともあれ、この日確実にひとつの歴史は終りを告げたのだ。

 飲み会は会社の建物の中だったので、隣接されて入社時期に伴う"同期会"なるものも開催されていた。しかしながらそもそも東京という当該企業においては異端の地にスタートし、件の文脈においては部局を転々とする"夫"の側にして今や唯一二十余年に亘りこの地に留まる者としては、取り分け社内外ともに年輩の御仁との接触を主とする職務柄と相まって、同期なる連関もまた皆無に等しく、文字通りの顔見世興行に留まった。
 コミュニケーションの充実という、そもそも適切な邦訳が見付からない時点で難題極まりない、言うは易く行うは難し命題に思いを馳せる。

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